第72話愛の名の下に従えマークレスト

 俺はあらゆる知識を頭から引っ張り出す。

 ゲーム、研究所のデータ、今までの経験で見聞きしたこと、始祖の話。


 それはゲームの知識を引き出す行為と同じ。

 こんなときだが、ゲーム知識とかいう現象が脳の中にどうやって生み出されているかを俺は悟った。


 人はその脳の力を10%も使っていないという。

 同時に、その脳の中でもどの分野を使うかによって、得られる知識や情報の処理の仕方が違うという。


 ゲーム知識とはそれら情報分野を駆使し、幾つもの出来事をゲーム的に未来予測して得られた可能性でしかないということだ。


 なので俺がゲーム知識を得た時点でそれぞれの未来は異なっていく。

 アリスもクララもセラも死なない未来を望む方へ導いていける可能性が生まれる。


 だがそれはなにも俺だけに限ったことではない。

 人は誰しも考え、行動し、己の意思で未来を掴む可能性を秘めている。

 確定された未来などどこにもないのだ。


 俺は脳をいじくられたせいで、その可能性がほんの少しだけ多く予測できるようになっただけだ。

 その少しが大きいんだがな。


 しかしそれとアリスの直感力はまた違うようにも思う。


 マークレスト帝国の歴史曰く、それこそが女神の力というらしいが、それこそ魔導力も絡み合った解明されていないナニカなのかもしれない、というのはロマンチストすぎるか。


 ……だがそうやって、いくつもの情報とそれを組み立てたことで、俺の頭の中から可能性を見つけ出した。


 もっとも可能性が高い方法。

 それはマークレストに仕掛けられたシステムをアリスが魔導力を注ぎ込み上書きすること。


 そのためには強制起動カードによる認証ではなく、アリス自身が魔導力をマークレストに認証させる必要がある。


 だが今のアリスだけでは魔導力は足りず、むしろアリス自身の命を縮めてしまう。


 クーゼンが仕掛けた罠は特殊な装置をつけて暴走させるというよりは、マークレストのリミッターを外して無理矢理、アリスの魔導力を吸い出している。


 当たり前のことだが、本来、魔導機のシステムがパイロットの命を奪うほどに魔導力を吸い上げることはない。


 それを可能にするとしたら、パイロット自身が命の火を燃やしてでも魔導力を力に変えようとしたときだ。


 だからこそ、それが仕掛けられた罠なのだと気づかなかった。

 繰り返すが、ゲームではクーゼンとの会話もアリスとの会話もなかったのだから。


 それでもアリスは弱っていても正気を保っている。

 ならば、あとは不足する魔導力を俺がおぎなう。


 言うほど易くはないがな。


 不足する魔導力はクララ、セラの2人分だ。

 それを補うのだから俺も命懸けだ。


 アリスの魔導力はすでに空であり、俺がクララとセラの2人分の魔導力を補う必要がある。


 それでもゲームでは認証していないはずの2人分の魔導力で足りた。


 ならば俺の魔導力をアリスが皇女としてマークレストに認証させ、その魔導力を使ってアリスがマークレストのシステムを上書きできれば。


 だがマークレストは今この場で通常手順で認証する方法がない。

 帝室が認める条件がなにかは知らないがロックがかかっているだろうし、それを解析しシステムに反映するエンジニアがいない。


 だから。


「アリス。今から俺が言う手順を間違いなく行え」

「うん、わかった」


 2つ返事だ。

 アリスの俺を信じ切ったその返事に苦笑いが浮かぶ。


 いまは全力でアリスを助ける。

 それでも俺はアリスたちと戦うだろう。


 そのとき彼女たちはどう思うか。

 裏切られたと泣き叫ぶか、それとも失望したと冷めた目をするか。


 それでも俺はこいつらを助けるし……殺すだろう。


 それが矛盾したものだと知りながら、それでもそれが俺だと言い切るだろう。


「……いい娘だ。いくぞ、マークレストセンターパネルから起動シーケンスプログラムを開き、機動紋を描く。発動したら条件キーから順番に指定条件を入力、そこから想定パターンと演算による式を描いて……想定パターンと演算式はデータを送る。……届いたな? 指定配分からの魔導パターンでもって、条件設定と仮定条件、発動プログラムに公式設定、エラー時の配分条件の指定。それら条件設定を終えたら、目的の指定項目を指示して各個別設定。認証する俺とアリスの認識パターンを描き……起動を承認」


 ……それは俺が軟禁(?)されていた際に暇つぶしで読んでいた始祖の本。

 その本の中で、とあるシステムを起動して特定の対象を認証させる手順。


 マークレストとハーバルトの合体技について、サラ博士が熱く語るので話を逸らしたくて雑談混じりに話してみた内容だ。


 これは魔導力認証の裏技ともいうべき手順だそうだ。


 研究者でないと知るはずがないのに驚いていたが、実際には過去に発禁処分にされた始祖の本に書かれていた手順だ。


 始祖が詐欺師だとするあの本を誰が書いたかは不明だが、確かに言えるのはあの本を書いた人物はイカれている。


 俺もまさか、こんなところでそれをアリスに実行させることになるとは夢にも思わなかった。


 かくして、それは認証された。


 黄金色の魔導力とそのエネルギーの余波を四方に放っていたマークレスト。

 そのモニターアイがここで初めて青く強い光を放ち、マークレストは動きを止める。


 まるで……ゆっくりと眠りから目覚めるように。


 俺はそのマークレストの隙を逃さず捕まえる。

 それと同時にアリスが俺に語りかける。


「……師匠。未来で私は師匠の子供を産んでましたか?」


 ゲームでは俺たちは殺し合っていた。

 そしてこの戦いを乗り越えても、俺はこいつらと殺し合う。

 だから、そんな未来は来ない。


「……ああ、3人はいたかな」

 俺の言葉が嘘だということをアリスは気づいているだろう。


 そもそも俺がゲームなる怪しい知識を持っていることをどこまでわかっているのか。


 それを今度も尋ねることもなく、静かな柔らかい……だけど、いつものアリスらしい口調で言葉をつむぐ。


「それなら頑張って生きないといけないですね。生きていれば勝ち、ですからね」

「ああ、その通りだ」


 俺は俺の持てる限りの魔導力をマークレストを通してアリスに送る。

 それこそ2人分を補えるほどに全力で。


 そしてアリスはその魔導力を受け認証手順を続け、システムを上書きしていく。


 そして最後に気合いの言葉を放つ。

 マークレストを自らに従わすための最後のキーワード。


「愛の名の下に!!!! 私にぃいいいいいいいい、従えマークレストぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 愛の名の下に、とかいらんだろ。

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