第75話誰がための戦い

 それは1発の銃砲から始まった。


 少し前に反乱軍に加入した元傭兵が乗る黒い魔導機から発射されたものだ。

 旧都ラクトの戦いから3週間が過ぎていた頃だった。


 場所はカンチエン郊外の軍用施設で広い滑走路と格納庫があり、スペランツァはそこで調整と修理が行われていた。


 訓練であれば銃砲が発射されることはある。

 だが、その黒い魔導機が銃砲を放って当てた場所がよくなかった。

 命中したのは第3軍空中戦艦スペランツァの駆動部。


 幸い修理は優先して完了しており、その区域に整備兵や誰かがいるということはなかった。


 駆動部修理が優先されていた理由は、いつ何時スペランツァが次の戦場に向かうことになるかわからなかったからだ。


 とある傭兵の頭の中にあるゲームと呼ばれる怪しい記憶によれば、半壊した反乱軍は急速な再編を必要とした。

 同時に撤退時の損傷でスペランツァは自立航行ができなくなる。

 そのため大幅な改修が行われ、マーク2を意味するスペランツァM2として生まれ変わるのだが。


 現実には他の空中戦艦の改修や整備が優先されて、スペランツァはパワーアップすることなく即時の出撃ができるように修理のみが行われた。


 果たして、これからさらに激化する戦いスペランツァが耐えられるかどうか、その答えを出せる者はいない。


 旧都ラクトの戦いは反乱軍の敗北こそに終わったが、前線を指揮したグレイルと戦場に乱入したマークレストのおかげで被害は随分と抑えられた。


 そのおかげで壊滅寸前だった第2部隊と第5部隊も全壊を免れた。

 助かった部隊があるということは、その分だけ優先される改修対象も増えるということでもある。


 緊急時における医者の対応と同じだ。

 全ては救えないが可能な限り数多くを救う。


 だがそれでも、救えるものは救いたい。

 戦争で殺し合うことが人というものなら、救おうとすることもまた人であるのだから。


 それゆえに可能な治療も修理も最低限に限られてくる。

 予算も時間も人の手も、なにもかもが足りないのだから。


 第3部隊でも死んだと思われていた魔導機隊の隊長であるオリバー大尉が無事に回収され療養中だ。

 また、戦場で負傷した多くの兵たちも撤退に余裕があったおかげで助かった命がいくつもあった。


 スペランツァをようする第3部隊はそんな小休止の中にあった。


 数日前まで訓練と称して3美姫がとある元傭兵にしごき回され空を飛んだり、走り回ったり、アーティスティックスイミングをさせられたり。

 それを業務の合間に眺める第3部隊の面々がいたり。


 戦場の緊張感から解放されたそんな小休止。


 だからというべきか、大きな爆発音と共にスペランツァが被弾した状況を正しく理解できた者は多くはなかった。

 ただの誤射だとすら思ったかもしれない。


 そこにスペランツァに黒い魔導機からの通信が入る。

「出てこいよ、マークレスト。殺し合おうぜ」





 俺の撃った銃砲がスペランツァに命中して、最初に状況を理解したのは艦橋にいるコーラルだった。


「冗談じゃすまないわよ?」

「殺し合いを冗談で済ます趣味はねぇな」


 俺は事前に仕掛けておいた爆弾の起爆スイッチを押す。

 更なる爆発音がスペランツァの方から響く。


 爆破したのは銃砲を当てた場所と同じ駆動部。

 これでスペランツァの駆動部は修理では対応できないレベルとなった。


 警戒はされていなかった。

 それだけの実績と信用を旧都ラクトを含む戦いの中で積み重ねてきたのだから。

 その信用をいま、粉々に砕いた。


「これでもまだ冗談だと思うかよ?」

「……あんた」


 そんな会話らしい会話もなくスペランツァのハンガーブロックから動きがあり、マークレストが出てきた。


 あの3人がごねる、ということはあまり考えなかった。

 言いたいことがあれば直接言ってくる、そう思ったからだ。


 ……直接、好き勝手言ってきたけどな。


 戻らない日々を噛みしめるように口の端があがる。

 自分で決めた、というより俺が俺であるゆえにこの道しかないのだ。

 だからこそ止められないことでもあった。


 それでも激しい後悔と同時に『主人公』と戦えるという歓喜が同時に俺の中から溢れてくる。

 なんの感情かわからぬままに心臓がバクバクとドラムにように高鳴って止まらない。


「師匠、顔見せてください」

 アリスの声が俺に届く。


 どうして、という問いではなかった。

 俺がこいつらに手を出さなかった時点で、きっとこいつらもいつかこうなることをわかっていたのだ。


 モニターは繋がないが通信は切ったりしない。

 こいつらが全力でやりあえるように最期の会話ぐらいには応じる。

 どうせ、最期の会話だ。


「今から殺すやつの顔を見る気はねぇな。それに俺は師匠じゃねぇ」

 そこには我ながら苦痛を堪えるような響きがあった。


 それに対してセラがボソリと。

「えっ……、じゃあ、旦那様!?」

「違ぇよ!?」


 その隙を生み出そうと3人娘が画策したわけではないだろう。

 斜め後方の管制塔の影から飛び出すようにグレイルのデルタ型魔導機が急加速してきた。

 おそらくコーラルがグレイルに指示したのだろう。


 だが、その接近は予想通りであり、俺は相手が動く前にそれを封殺する。

 グレイル機の両手両脚を斬り払いダルマにして離れた場所に放り捨てる。

「そこで大人しく見てな」


 それを合図にするように接近してきたマークレストにサーベルを振るうと、マークレストもサーベルで応じる。


 大切なものを自らの手で失おうとする絶望にも似た深い闇を感じながら、そうやって戦うことがたまらなく楽しい。

 そんな自分の性分しょうぶんがどうしようもないなと思う。


「今すぐ謝罪のために私たちをベッドに連れ込みなさーい」

「……待って、もしかするといかに先生でもいきなり4Pは厳しいのかも」

「……ぬぬ、ここに来て桃色の誓い最大の危機。仕方ない、ここは1人ずつでお願いしよう」

「そうだね。そういうことです、師匠!」

「そういうことじゃねぇよ!」


 マークレストに蹴りを入れて距離を取り、銃砲を動けないグレイルに向ける。


 これ以上、話を続けるなら撃ち殺す。

 それを無言で示す。


 こいつらと出会った当初なら警告せずに撃っていただろうな、と内心で苦笑する。

 それでも一線を超えることに躊躇ためらいはなかった。


 サーベルで切り結んだときにアリスたちにも迷いは感じられなかった。

 こいつらもわかっているのだ。

 俺が踏み止まることは……もう、ないのだと。


 俺を止めるにはこの戦いに勝利するしかないのだということも。


 ふざけた物言いは……俺の教えの通りか。

 キツい戦いほど冗談を飛ばすべきってな。


「……条件があります。私たちが勝ったら嫁にしてください」

「いいぜ」

 アリスの言った条件に俺は迷うことなく返事をする。


 もしも、こいつらが勝つというのならば、そのとき俺は死んでいるのだから。

 つまりまあ、勝っても負けても起こり得ないことってわけだ、わりぃな?


 こうして殺し合いが始まった。

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