第74話それはとてもくだらない理由

 旧都ラクトの戦いは原因不明の光に包まれ、全ての魔導機のエネルギーがダウンしたことも間違いなく影響し、事実上の停戦となった。


 戦おうにも武器は使えず、どうにかこうにかパイロットの精神力のみで各魔導機は各々の陣地へ撤退を行った。


 空中戦艦も墜落することこそなかったが原因不明の機械トラブルが続出。

 特に武器とレーダーの類いが一時的に使用できなくなった。


 それらは大半の部隊が旧都ラクトを撤退したあたりで自然とその機能を回復した。


 もっとも物理兵器に関しては使用が可能だったのだが。

 しかしそれを使っての戦闘行為はあらゆる通信機より響いたアリス────死亡説も出ていたジークフリード第1皇子の停戦命令が功をなした。

 両軍はそれ以上の戦闘行為を行うことはなかった。


 当たり前である。


 誰もが心の底では殺し合いをしたいと願ったりはしない。

 上に立つ者の中で一部の歪んだ思想を持つ者にひきづられ、譲れぬ正義と正義がぶつかって殺し合いが起こるのだ。


 皮肉というべきか、今回の旧都ラクト攻防戦において、残っている両軍の指揮官は人格的にまともな者たちだったのだ。


 だが、それは今回の旧都ラクトでの戦いに限ったことで、また違うどこかの場所でまともなはずの彼らが殺し合うという狂気が起こる。


 それが戦争だ。


 後にその日起きた戦闘の結末を多くの研究者が解明しようと試みるが、それは研究者の数だけの推測が出来上がるだけで、真相は不明のまま。

 ときに戦場の七不思議とすら呼ばれた。


 またそれは争い合う人を止めるために女神が起こした奇跡だと信心深い者は言い、『女神の仲裁』と呼ばれることになる。


 旧都ラクトでのアリスの起こしたその現象は強制的な戦闘の中止を余儀なくされた。

 それゆえに、ある副次的ふくじてき効果を現した。


 多くの帰還兵の存在だ。


 戦場において行方不明となったものは最終的には戦死として扱われる。

 多くが帰還途中で怪我のために力尽きたり、敵との遭遇戦、帰還そのものを諦めるもの、様々な理由で帰って来ないためだ。


 しかし、両軍による戦闘が半ば強制的に終わらされたことにより、多くの負傷兵や行方不明者の救出を可能とした。


 また戦時協定により政府軍、反乱軍どちらにも多くの捕虜を保護するに至った。


 停戦を戦場に通達した後、アリスからは返事がなくなった。


 俺は慌ててカスッカスになった魔導力をさらに絞り出し、マークレストを半ば引っ張るようにしてどうにかスペランツァへ戻った。


 戻るなり俺は魔導機から飛び降り、集まった整備員や衛生兵をかき分けマークレストのコックピットをのぞき込む。


 アリスはむにゃむにゃとよだれを垂らし幸せそうに眠っていた。


「師匠〜……、うへへへ……」


 俺は大きく脱力すると共に自然と口の端を小さく吊り上げる。

 まあ、幸せそうに眠っちゃって。


「だが、良くやったアリス」

 ガシガシと頭を撫でるが起きる気配はない。

「うえへへ、師匠〜」


 寝言でも実に嬉しそうだ。

 これで3人全員生き残った。

 あとは3人にマークレストの力を引き出せるように特訓あるのみ。


 そして……。

 音にならない小さな声で呟く。


潮時しおどきだ。悪いな、アリス」


 俺の目的を果たす。

 助けておいてなんだが、おまえたち3人を叩き潰す。


 試したかった。


 俺がどこまでいけるのか、どこまで命懸けの世界で生き残ることができるか。

 そしてあらゆる障害を取り除いて、生き延びたその瞬間こそが最強に興奮する。


 それが大切にしていたナニカを犠牲にすることであろうと。

 大切に育てた果実をもぎ取るその瞬間のために、俺はおまえたちを助けたのだ。


 俺は壊れている。


 それを行う理由は他人からすればとてもくだらないものだ。

 ゲームの記憶の中で俺は主人公である彼女たちに敗れた。


 魔導機が違った、状況が違った、どんな物事も言い訳に過ぎない。

 負けるということは死ぬことだ。

 だから俺は死んだ。


 そのことはいい。

 敗者に何を言う権利もない。


 何も言わなくて良いというのは安らぎでもある。

 悔しさも後悔も敗北感も、感じる必要がない。


 それなのに俺はいまこうして生きている。

 負けて死んだというのに、だ。


 ゲームという作り事の記憶は、所詮、現実とは違う。

 それがどれほど詳細に作られようと、俺がどうして命懸けで守ったアリスたちとの戦いを選ぶのか、その答えは見ているだけの誰かには決してわからないだろう。


 それでも確かな現実感を持ってその記憶は俺に付きまとう。


 認められなかった、認めるわけにはいかなかった。


 俺が傭兵であり、戦いを生業として、幾人も殺して勝ってきたからこそ、殺してきたそいつらの魂に誓って認めるわけにはいかなかった。


 なぜ俺は生きている!?

 敗者ならば死ね!

 そうやって、いいヤツも悪いヤツも敵であるかぎり殺して来た。

 戦士であり兵士であり1人の傭兵である以上、強さこそが己の証明だった。


 ……だからさ、俺は最強になったお前たちに勝って証明しないといけないのさ。


 くだらないだろ?


 だが、それこそが俺が俺であるために絶対に譲れないことだった。

 その譲れないモノ同士がぶつかり、人は争い合う。

 はるか昔からずっと。


 そんな意地のために大切に守ってきたお前たちを殺す。


 何度も言う。

 ゲームなんてあり得ない記憶をぶち込まれて脳をいじくりまわされたせいで、きっと俺はぶっ壊れちまったのさ。


 ……いや、最初はなっからか。

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