第70話愛してます

「アリス! 返事をしろ、アリス!!!!」


 マークレストはなおも加速する。

 巨大なエネルギーを放ちながら、ついには最前線のまだ戦闘中の魔導機たちの間すらもくぐり抜け、その先の向こう側。


 撤退をできずに踏みとどまっていたスペランツァすらも遠くに見えるほど。

 魔導機も地上で戦っていた両軍がマークレストから一定の距離を取ろうと離れるが、それでも向かってくる敵もいる。


「返事しろ!! アリス!!! 返事しろよ……、頭撫でてやるからよ」

 それを薙ぎ払い、圧倒的な存在感を放つマークレストに追いすがる。


「────もう一声お願いします」

「聞こえてんじゃねぇかよ」


 通信が復旧したのか。

 また変なタイミングで復旧したな。

今まで無秩序に魔導力を垂れ流していたマークレストがわずかの挙動を変えた。


「……師匠、もう一声」

「だから聞こえてんじゃねぇか」


「できれば熱く抱きしめて、欲望の限りに燃え上がる情熱的な夜を迎えさせていただけると……。そして2人は、あああっつ!」

「おまえ、実は余裕あんだろ!?」


「いや、これがですねー、結構ヤバめでして。そんなドキドキワクワクな師匠との未来でも想像していないと意識が飛んじゃいそうでぇー」


 いまこの瞬間も激しい挙動を魔導機に要求されている。

 それでもどこか肩の力が抜ける気がした。

 それは久しぶりのアリスとの会話だった。


「……ぐっ、がっ」

「アリス!?」

 敵の魔導機が放った銃砲をマークレストが魔導力の光で弾くと同時に、アリスが苦悶の声をあげる。


「このっ、邪魔をするな!」

 その敵魔導機を俺が銃砲で即座に撃墜する。


 高速移動するマークレストに当てるぐらいだから、かなりの腕前のエースだったのだろうが、いまは邪魔の一言でしかない。


「あはっ……、師匠が私のために怒ってくれてる、とか……嬉しい、なぁ〜」

 言っている内容はいつものアリスなのに、言葉はどこか弱々しい。


「うるせぇ! いつものポンコツしたアリスはどうした! いつも通りポンコツポンコツ言ってろ!」


「ひどい師匠! 最愛の愛すべき弟子にして嫁に向かってポンコツとはなんですか、ポンコツとは!」


 瞬殺させたのが効いたのか、改めて敵も味方も俺たちと距離をとり始める。


 望遠などを使えば、スペランツァからもそんな俺たちのことを見えているはずだ。


 そんなことをしなくても黄金色の魔導力を放つマークレストの存在感はこの戦場で圧倒的だ。

 わからないはずもないだろう。


「……余裕があるのかないのか、どっちなんだよ」

「ははは……、いやぁ、実際まいったなぁって感じでしょうか? これはいよいよダメかもしれません。できれば花咲く丘で師匠に抱きしめられながら眠りにつきたかったかなぁ〜、なんて……あっ、クララとセラのこと。よろしくお願いしますね?」


 ははは、なんて乾いた笑いをするアリス。

 余裕なんてあるわけがないのはわかっている。

 それは命を奪う暴走なのだから。

 その瀬戸際でもクララとセラの心配か。


「諦めるなよ。気合いで暴走を止めろ」

「いやぁ〜、これちょっと無理かなぁ〜? あ、師匠! あのときの修行の3番目ってなんの意味があったんですか!? あのとき、ついに私の純潔もこれまでかと覚悟したのに、なんで奪ってないんですか! ひどい師匠です! 外道! 鬼! 愛してます!」


「文句言える元気があれば大丈夫だ」

 短い間だったが、いつも通りと思える会話の流れ。

 そんな俺の返事を聞いてアリスがふっと笑った気がした。


「……愛してます、師匠。師匠は信じないふりをするでしょうけど、それでも最期に言っておきたかったんです。言えて良かったです」


 それは全てを覚悟して受け入れた者の言葉だった。

 きっと通信の向こう側にいるアリスは見惚れるほどの微笑を浮かべていることだろう。

 だから、俺はそれに応えるように言った。


「……暴走を止める方法がある」


「……それ早く言ってください。一世一代の告白しちゃったじゃないですか。まじのやつだから、シャレにならないぐらい恥ずかしいんですけど。いっそ殺せぇぇえええええと叫びたいぐらいに」


 知らんがな。

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