第68話私たちのアリスをお願いします
俺が動きを止めた隙にリュカオンが近衛に護られ後退を始める。
いま追い討ちをかければ間に合う、が。
そうすればマークレストは暴走を続けたままアリスの魔導力を奪い続けて、ついにはその命まで奪うだろう。
ゲームとは違い、マークレストの暴走を食い止める要因となるクララとセラの死は起こらないのだから。
「ちっ」
我知らず舌打ちをしてしまう。
「先生、行ってください」
「……私たちなら大丈夫」
大丈夫ということはないはずだ。
ここは敵の中心地。
敵将は退けたとしても敵主力の真っ只中なのだ。
抜け出すのは文字通り命懸け。
現実は残酷だ。
ゲームからねじ伏せた死の運命すらも容易く引き戻され、再び地獄に落とされることもあり得る。
それでも。
「私たちのアリスをお願いします」
クララが残していたエネルギーパックを渡される。
囲みを抜けるのに、自らの切り札になるであろうエネルギーパックを渡してでもアリスを。
────託された。
彼女らの大切な存在を。
「死ぬなよ」
「ええ、先生も」
「……クロ師匠に抱かれるまで死なないから」
「それは無敵だな、永遠に生き続けることになりそうだぞ?」
「……むきー、早く手を出せ」
セラは言葉とは違い、口調はいつも通りダウナーで抑揚はない。
「おかえりをお待ちしております、先生」
「ああ、任せろ」
俺はエネルギーパックを推進力に使う。
戦場に大量のミサイルとビームを撒き散らしながらも、高速移動を止めないマークレストにはそうでもしないと追いつけない。
「アリス! アリス返事をしろ!」
通信は通じない。
本来なら通信を繋げているはずの魔導力が、逆に巨大な壁になって通信を拒絶しているのかもしれない。
俺は潜入前にアリスに預けたブローチの中に仕込んだ盗聴器を起動する。
盗聴器の周波数など微弱なもののはずだが、それでもそれはざざっとした雑音を交えながらなんとか音を拾う。
「クーゼン、やっぱりあんたが仕組んだのね、このくそったれ!! あぐぐっ……」
盗聴器の向こう側でアリスが叫ぶ。
……アリスが誰かと話している?
叫びながらもアリスは苦悶の声をあげる。
魔導力が無理矢理吸い上げられ、それが暴走するマークレストに送られているのだ。
マークレストの機体はそれに呼応するように、さらに激しい挙動で戦場を縦横無尽に走る。
「いけませんなぁ、そのような言葉遣いをなされては。ジークフリード殿下……いえ、アリスレア皇女殿下。御身に流れる血は尊きものですぞ? 私めが苦心して、御身の身柄を帝室に戻してあげたというのに」
通信が通じないのは、通信チャンネルを固定の……この戦場にはいない宰相クーゼンとの通信回線に限定して、長距離でも通信が可能ように仕掛けていたせいだろうか。
アリスがマークレストに乗り込むことを確信して。
マークレストは宰相クーゼンによってアリスが乗り込むように仕組まれていたということだ。
アリスをマークレストに乗せて……暴走させるために。
暴走させてアリスの力を解析するため。
宰相クーゼンはマークレストをそのための解析装置として利用したのだ。
その装置を組み込み、来るべきときに作動するようにこの研究施設で準備されていた。
全ては仕組まれていた。
「くそっ!」
重力軽減があるはずの魔導機で、戦闘機並みの重力を感じるほどの高速軌道でマークレストを追いながら、俺は我知らず悪態が口をつく。
この世界で俺だけが気づくことができたはずなのに。
マークレストがここにある理由。
その協力者の存在。
今回の戦いが旧都ラクトに仕掛けられた罠であるならば、マークレストもまた罠である可能性も気づきかけていた。
ゲームと、その知識による潜入組の……クララの犠牲があまりに大きかったせいで、罠である可能性を頭の隅に追いやった。
ゲームでも研究施設の警備はクララがその命を代償にするほどに厳しいものだった。
それにマークレストが前線に姿を見せたとき、リュカオンたちも動きを止めていたし、むしろ政府軍の方が被害が大きかった。
彼らもマークレストのことを知らされていなかったのだ。
味方すらも一切信じることなく、むしろ切り捨てることで発動する罠だ。
そしてその試練をアリスがかいくぐり、マークレストに辿り着くであろうというある種の信頼を持って。
いや、気付いたとしてどうできたというのか。
俺の目的のためにはマークレストに乗ってもらわなければならない。
マークレストはアリスにしか動かせない。
罠の可能性があろうともその罠に乗らなければマークレストは手に入らず、反乱軍はどのみち負けてしまうだろう。
それだけマークレストの存在は大きい。
それは同時にアリスたちを覆う死亡フラグは、ねっとりとしつこく逃れることが困難な運命だということだ。
アリスとクーゼンの会話は続く。
なぜクーゼンがマークレストを手に入れさせたのか。
そしてなぜ暴走させる必要があったのか。
それらはなぜアリスの故郷を焼かれ帝室に拾われたのかにまで繋がっていた。
全ては宰相クーゼンの歪んだ野望ゆえに。
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