第67話マークレスト暴走

 ここで大将あるリュカオンが前線指揮に出てくるのはわかっていた。


 魔導機もエネルギーパックをふんだんに注ぎ込みカスタマイズされた特注の指揮官機である。

 それにパイロットとしての腕も1級品。


 それでも大将であるリュカオンが前線部隊の本陣にいるのは油断やおごりからではない。


 勝利を確実にものにするには戦場における急所というものが存在する。

 最後のこの一点、そこで部隊を畳み掛ければ勝利が決定づけられる。

 そういうものがたしかに存在する。


 そこには名将と呼ばれるほどの指揮官が必要不可欠なのだ。


 綿密なる連携、卓越な指揮、それに前線で戦う者たちからの信仰にも似た信頼による士気の向上。

 それこそが戦場で勝利を分ける。


 反乱軍で3人娘がその存在で兵士たちの半ば信仰の対象であったように。


 反乱軍の第3部隊、第5部隊の空中戦艦を逃さず確実に仕留める。

 それが成れば、この内乱は政府軍の勝利として決着がつくのだ。

 これはそういう戦いだった。


 ゲームではその信仰対象であった3人のうち2人が死亡するという事態。


 その事態に兵士たちはアリスが乗り込んだ暴走するマークレストを中心に死兵となり、命を捨て仇討ちをしようと政府軍に立ち塞がった。


 黄泉よみへのともとならん、と。


 それは女神とそれを信仰する殉教者たちの群れ。

 遠い昔、女神教という宗教に世界が覆われ、歴史の進みを止める長い暗黒時代があった。


 女神に仕える信徒は命を惜しまず苛烈に、敵対するもの、女神の意志に背くものを叩き潰した。

 狂気に染まった信仰は純粋ゆえに強い。


 それによって反乱軍第5部隊スペランツァという最後の灯火を守った。

 3人娘の命を捨てた奇跡によって反乱軍の崩壊ははばまれたのだ。


 ……だが、ゲームで起きたその奇跡を。

 俺は認めない。


 スペランツァもホーリックスも落とさせず3人娘も絶対に救ってみせる。


 ゆえに名将リュカオンの手を読み、この奇襲に賭ける。


 敵将リュカオンを護る直掩機は5機。

 数はこちらの倍だが気にしていられない。


 騎馬の如く突っ込んだ勢いを止めることなくリュカオンに向かい突っ込む。


 立ちはだかるように2機がリュカオンと俺の射線上に入るが、空中で曲芸でも披露するように斜め上にかわし、そこから斜め下に急降下。

 2機からすれば視界から急に俺が消えたように見えたことだろう。


 無理な軌道を取ったので、さすがに俺の身体も重力でぎしりと痛む。

 動きを止めずにかわすことに専念したので、立ちはだかった2機に対して武器は振るえなかった。


 だが、問題ない。

「こちらですわよ!」

「……隙あり」


 背後を追従していたクララとセラがわずかに動揺した2機の隙を付くように切り結ぶ。

 切り捨てたかったが、さすがは将軍リュカオンの近衛だ、反応が早い。

 腕はバーゼル並みかもしれない。


 それでも俺は加速する。

 どのみちここでリュカオンをどうにかしないと全滅は免れない。


 それに……あいつらなら大丈夫だ。

 2人は連携を強め、エースであろう敵の2機を圧倒している。

 1+1が3にも4にもなっている。

 3人になればそれはすでに倍数の力を発揮することだろう。


 随分と美味しく育ったものだ。

 それを刈り取る日を楽しみにしている自分がいる。


 戦場で余計なことを考えれば容易く死ねる。

 俺がアリスたちを救おうと戦うことと、殺そうと戦うこと。

 油断すると頭の中で今もぐるぐると回ってくる。


 そういうことを考える余裕があるわけがない。

 この一瞬の中では考える必要がないことだ。


 いまはただ振り返らずに俺の目標を討つ。

 俺はクララとセラの姿を確認することなく、バックパックのミサイルを一斉発射する。


 命中したものもあればしなかったものも爆発と共に爆煙を放つ。

 あの2人ならばそれを上手く利用できるだろう。


 高速移動で幾度も角度を変えながら俺から距離を取ろうとするリュカオン。

 それを加速して追撃する。


 2つの魔導機の放つブースターの機体が放つエネルギーの光がときにぶつかり、ときに絡み合う閃光のように走る。


 過ぎ去った場所で極太のエネルギー砲の光が見える。

 セラの魔導機が装備していた巨大ビームランチャー砲の光だ。


 それをエネルギーパックで充填し極大にして敵の本陣から前線に向けて撃ち放ったのだ。

 味方のいるはずの背後からのエネルギー砲を喰らった敵前線はこれでわずかなりに混乱する。

 そこをグレイルが率いる前線魔導機隊で傷を広げて押し返す、そのためだ。


 セラがビームランチャー砲を放ち、妨害しようとする近衛魔導機3機を同時にクララが食い止める。


 クララが1度に3機をいなすも、さらに追加で集まってくる。

 そもそもがたった3機での本陣突撃だ。

 だからクララもセラも、保って3分といったところか。


「さっさと、落ちやがれぇ!!」

「貴様は一体なんなのだ!?」

 高速で2匹の竜が混じり合うようにリュカオンと何度も切り結ぶ。

 相手も強敵であり、気を抜けば切られるのはこちらだ。


 単純なエネルギー出力では向こうが上、だが!

「……リミッター解除。バーストサーベル」


 幾度目か切り結びにパワー負け仕掛けたところをリミッター解除で増大したサーベルのエネルギーで押し込む。


「ぐおっ!?」

 この一撃で仕留めたかったがリュカオン機のメイン武器を持つ片手を切り落とすにとどまった。

 刹那の瞬間に片手を犠牲に身を逸らせて致命傷を避けたのだ。


 ちっ、死んどけよ!

 そう毒舌を放とうとした瞬間。


 俺たちのさらに後方から幾つものエネルギー砲が降り注ぐ。

 それは多くは数の多い政府軍に向けて放たれたが、反乱軍に対しても同様に放たれていた。


「なんだ……?」


 敵も味方もこの事態に動きを止めた。

 視線を向けるとそこには。


 陽光に照らされて金色に輝く可視化された魔導力の光。

 そのあり得ない光の中心に浮かぶ青と白の機体マークレスト。


「あのバカ……、暴走しやがった」

 それを防ぐためにアリスには精神修行を幾度も行った。


 あるときは寺の敷地を借り、座禅を組ませ身じろぎしたらハリセンで叩く修行。


「痛っ……くはないですが、気持ち的に嫌です! 師匠、私は痛めつけられて喜ぶ趣味はありません! でも師匠がそっちの趣味なら……頑張ってもぉ〜いいかも? 痛っ!?」


 あるときは滝壺に放り込み、冷たい水で精神を研ぎ澄ませる修行。


「さむいー! 寒すぎます! 水も滴るイイ女でもこれは我慢できません!」


 またあるときはロープで縛って動けなくして、耳に息を吹きかけて動揺しないようにする修行。


「ししし、師匠!? これほんとに修行なんですか!? アゥン」


 どれも由緒正しき修行だ。

 ……若干、悪ノリした部分はあったが。

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