第60話マークレストの性能

 ゲームではそこまで的確な描写はない。

 ただ罠にかかり、北側が全面壊走して残った第3部隊と第5部隊を中核とする中央軍が半包囲されて、撤退も困難になるという情報だけ。


 だがそうなる想像は十分につく。


 戦場ではいかに相手よりも『戦力』を揃えるかだ。

 間抜けにも味方は気付いていないが、北方反乱勢力は『戦力』ではなく歩く爆弾だ。

 ならば、敵がその手に持っているうちに爆発させてしまえばいい。

 簡単に混乱しその混乱に味方を巻き込むような存在は敵よりも恐ろしいものだ。


 何度も言うが恐ろしいのは、ここに至るまで反乱軍にそれを防ぐ方法がないことだ。

 こうなった以上、反乱軍に勝ち目はない。


 それでも戦場で戦うものたちは生きるために、その全てを賭けるしかない。


 ルーマリアは俺の言葉に一定の妥当性を感じたのだろう。

 しばしの間、うつむき何事かを考えてやがて顔をあげた。


「……だったら、このままマークレストが手に入る可能性に賭けない方がいいとでも言うの?

 この場を放棄し、北方部隊と合流も視野に入れろと」


 焦りにも似た興奮した口調。

 ルーマリアはエリート幹部候補生だったが、自らの意思よりも配属先がそのまま反乱軍になったために、そのまま反乱軍として活動しているタイプだ。


 それでも優秀であるからこそ副官という立場にまで登っているし、今では反乱軍に身を投じる覚悟はあるだろう。


 推移すいいする状況をかんがみて、ただ粘るという選択から踏み出したまでは良かった。

 それで出した提案は最悪だがな。


 エリート唯一で最大の弱点がここに出た。

 逆境に弱い。

 ルーマリアにもそれが出たのは明白だ。


 戦場で追い詰められる恐怖というのは、通常のそれとは想像を遥かに超えるものだ。

 それは訓練で取り除けるものではないし、たとえ、どれほどのベテラン兵士でもそうなることはある。

 指揮官は常に冷静であれとはいえ、それは理想論に過ぎない。

 それでもまだそこまで追い詰められた状況ではない。


「おまえ……」

 俺がなにかを言い放つ前にコーラルが口を挟む。


「ルーマリア、落ち着きなさい。

 クロが言いたいのは逆よ。

 クロもケンカを売らないの」


 俺は両手を広げて肩をすくめて降参を示す。

 別段、ケンカを売っている気はなかったが本来、ただの傭兵が部隊の行動に口を挟むなど出過ぎたマネだ。


「悪いな、あいつらが間に合うかどうかの瀬戸際なので急かしてしまった」

 そんなふうに俺は誤魔化すように言った。


 するとなぜか効果はてきめんでルーマリアは目を見開き、興奮を鎮めるように深く息を吐いた。

 それから初めて見る柔らかな表情を見せた。


「……意外でした。

 あの3人に対して雑な態度は照れ隠しみたいなものだったのですね」

「……気のせいだ」

 思わぬ反撃だ。


 今更だが、ルーマリアも階級でいえば大尉になるので、本来、軍ではこんな口答えは懲罰ものだったりする。


 殺し合いのための軍組織はそうしなければ統制が取れないのだから。

 だが、そのあり得ない空気を許す度量がこの反乱軍には存在する。

 いや、特にこのスペランツァという船がそうなのか。


 だがそれがこの戦いの後に、マークレスト全土の戦士たちを受け入れる器となって、反乱軍を勝利に導くのだ。

 その旗頭の中心になるのが……。


「マークレストの確保は必須です。

 アレは我々の切り札になる決戦兵器なのですから」


 だが実際のところ、ゲームではその通り大活躍の主人公魔導機マークレストだが、現実にはコーラルたちがどうしてマークレストに重きを置くかまではわからない。

 大活躍するのは手に入れた後であり、この段階では誰も知らないことだからだ。


「あんたたちにとってマークレストってなんなんだ?」

 コーラルは俺が尋ねたことをキョトンと不思議そうに首を傾げた。


「知ってたからアリスたちを送り出したんじゃないの?」


 俺はあいつらの保護者じゃないぞ?

 ……周りからは庇護しているようにしか見えないとか、そんなことはいいんだよ!


「能力やデータは知ってるよ。

 あいつらにちょうどいい魔導機なのもな。

 コーラルの言い方だと他にも理由……象徴となるなにかがあるのかと思っただけだ」


「象徴、たしかにね……」

 コーラルはなにか思い当たるものであるかのように頷く。

 ルーマリアも詳しくは知らないようで、俺と顔を見合わせてきた。


「マークレストはマークレスト帝国の決戦兵器として秘匿されていた魔導機なのは周知の通り。

 その性能を裏付ける話がたった1機で2個大隊を半壊させた話、といっても流石に大隊側が勝利したんだけど。

 ガンマ型ばかりでデルタ型は無い時代の話だから、現段階でそこまでの戦果は無理だけどね」


「ガンマ型ばかりとはいえ大隊100機以上を相手にということですか?」

 ルーマリアが信じられないとでもいうようにコーラルに尋ねる。


「そうよ。空中戦艦2機も道連れに。だからマークレスト帝国にはさらに2機の空中戦艦があったのよ」


 あの話はマークレストの話だったのかよ……。


「あの噂のとおりならマークレストは大破したんじゃなかったのか?」


 デルタ型が影も形もないなら何年も前のことだろうが、いずれにせよ破壊したものをリメイクしたとしても、それはよく似た別物だ。


 それでもオーダーメイドの一品物なら十分な能力は発揮するかもしれないが。


「正確には大破寸前、ね。

 そこから長い修理と改修が行われて、仕上げに最先端の研究施設の揃った旧都ラクトへ運び込まれている、というわけよ」


 武器も交換部品も規格品が合うように、と。

 ゲームでの主人公魔導機とはいえ至れり尽くせりだな。

 いくらなんでも……。

 俺の思考がなにか違和感に触れた。


 そのなにかに至る前にコーラルが話はおしまいと手を打つ。

「迷いは晴れたわ。

 クロ、あの子たちを迎えに行ってやってちょうだい」


 それに俺は顔をあげて頷く。

「ああ、そうしないと始まらないからな」

 そうだ、ここでアリスたちを救い出さないとなにも始まらないのだから。

 俺の目的も、あいつらの未来も。

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