第56話あの娘たちを守って

 アリスとクララは潜入任務に出発した。

 旧都ラクト内の協力者のところに入り、反乱軍の作戦行動に合わせて動き出すまで準備をするためだ。


 セラは俺と一緒に潜入したクララたちの回収組だ。

 これは単純に潜入任務で色々と動き回るには、セラの運動神経がよくないためだ。


 マークレストを動かすためにアリスは必須だし、そのサポートをクララが務める。

 そして他に10名ほどの潜入組。


 各自が段取りを整えて、旧都ラクト侵攻作戦時に手薄となった警備をかい潜りマークレストを奪取する。


 アリスにしかできないことであるし、アリスにしか意味のないことだ。

 その危険を冒してでも得る価値があることはゲームでも証明されている。


 主人公専用魔導機を手に入れる大イベントだ。

 だが僅かになにかが俺の心をざわつかせる。


 最後までアリスは俺と1夜をー、と騒がしくしていた。

 しかし俺が頬に手をやるだけで真っ赤になって、プルプルと目を潤ませていた頭から煙を出していた。

 なので、そのままクララに引きずられたアリスを笑って送り出してやった。


 なにも言わず黙って見つめてこられた方が誘惑に負けそうだったが、この方が俺たちらしい。


 ……さて、どうなることやら。


 ゲームの通りにあいつらをここで犠牲にさせるわけにはいかない。


 セラも2人を笑顔で送り出したが涙を堪えきれずボロボロと涙をこぼし、自分のハンカチだけではなく俺のハンカチも奪取してぐちょぐちょにしていた。


 あまりにひどいので、顔を洗って来いとセラを部屋に帰した。


 そのセラと入れ替わるように艦長であるコーラルが廊下をこちらに向かって歩いて来た。


 スペランツァの艦内は廊下であってもそれほど圧迫感は感じない。

 空間をそのように作って快適に感じるようにしているのだ。


 コーラルは俺に近づきながらじっと見てきた。

 今日は副長ルーマリアを伴わず1人だ。


「艦長、なんです?」

「あなたの丁寧語は落ち着かないから使わなくていいわ」


「そりゃどうも。でもいいのか?

 一応、軍隊だろ」

「正規軍でもないからね、旗頭があの娘だし」

 反乱軍は軍隊にしてはフランクだ。

 それはとある皇女の影響がゼロとは言わない。


「一兵士、なんだろ?」

 誰が、とまでは言わない。

 人の目はないが、あえて口に出したりする必要もないからだ。


「そうよ。皆と同じ大切な仲間よ」

「そう思うなら、なんで俺をこの任務に関わらせた?」


 アリスが言ったように身元保証人がいたところで俺はコーラルからしても怪しいはずだ。

 セラ博士の立場が強く、その保証があっても心にある不信感はそう易々と拭えないはずだ。


「そうね。

 あなたは政府軍でも外国勢力の手のものでもない。

 データでもただの傭兵で疑う要素のないシロ。

 でもあなた自身の中身がブラックボックスで心の内が読めない」


 コーラルの分析に俺は内心で感嘆の声をあげる。

 よく把握している。


 その通り、俺があいつらを叩きのめしたいのは、どこまでも自己的な俺の中にしか存在しない衝動ゆえだ。


 それでもコーラルはため息を吐き、言葉を告げた。


「それでもいいのよ、どうせ人はそれぞれの内側で抱えているものがあるわ」


 俺はわずかに首を傾げるにとどめる。

 それでも拭えぬ不信感があるから、いまここで俺に話しかけたのではないのだろうか。


「……あなたがあの娘たち3人を見る目がとても優しいせいよ」


 あぁん?

 今度こそ口にこそ出さなかったが、俺は表情でいぶかしげな顔をしてしまう。


 それは極上のエサを前に獲物を狙うケモノの目を勘違いしたんじゃねぇか。

 それなら随分、ひどい勘違いをしたことになるが。


「……それはアレだろ?

 ポンコツ動物園の小動物を見つめる目だろ」

 オコジョとペンギンとネコだったか。


 戸惑いながらもそう問い返すと、コーラルは深くため息を吐いた。

「無自覚なのね。

 サラ博士が言ったこともあながち間違いではないということなのね」


「サラ博士はなんて言ったんだよ」

「自らの懐に受け入れた者を命懸けで守ろうとするそうよ。

 あなた本当にあの娘たちに手を出してないの?」


 サラ博士が言うのはあくまで過去の俺のことのはずだ。

 今とは関係がない。

 過去の俺ならば女子供は無償で守っていたのだろうか、それともただの気まぐれか。


 記憶を無くしても俺は俺だ、想像はつく。

 ただの気まぐれだ。


 命懸けで守ろうとするというのは研究所で俺がそうしたから、そのことを言っているのだろう。


「……出してねぇよ。出すこともない」

 口に出して言うが、本音をぶっちゃけるなら絶対の自信はない。


 あんなにポンコツなくせに、あの3人娘は揃いも揃って魅力的過ぎるのだ。

 何度か心は揺らいだ。


 それでも、だ。


「……だから、あなたがどう思っているかはこの際いいわ。

 一つだけお願いをするわ。

 あの子たちを護ってやって」


 俺はわざとらしく肩をすくめて見せる。

「そういう任務だからな。

 傭兵は金の分の仕事はするもんさ」


 ……今回に限り。


 なにがなんでも護ってやろう。

 すべては俺の望みのために。

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