第55話師匠が女タラシだ!
ブリーフィングが解散となり、それぞれが動き出す。
アリス、クララ、セラの3人がすぐに俺の周りにやって来る。
アリスが早速、頬を膨らませて今夜のお誘いをすげなく流したことを不満げに訴える。
「ぶー、これで最期になるかもしれないんですよー」
そうだ、俺にとってはこれは既定路線であり、3人のうち2人はどうなるかはわからないが潜入作戦そのものは成功すると考えている。
だが、こいつらはそうではない。
ゲームでもこの戦いで2人は死んでいるのだ。
3人全員生きて帰れないと思っていても当然のことで、同時にそれだけ危険な任務なのだ。
そして、それだけの危険を抱える任務であってもやり遂げなければならないものだった。
事実、ここでマークレストを手に入れなければ反乱軍は確実に負けていたのだから。
2人の命と1人のその後の人生を犠牲にしてマークレストは反乱軍を勝利に導いたのだ。
言葉とは裏腹にアリスの
こいつはこんな言い方だが不安を抱えている。
これまでの関わりでアリスからそれを読み取ることができた。
俺はこいつらを殺したいのか、それとも救いたいのか。
もしかすると俺の中に2人の人間がいるんじゃないかと思うときがある。
アリスたちをゲームの登場人物として突き放して見ている自分と、なんだかんだでこのポンコツどもを気に入りはじめている自分。
ゲームなんて記憶は人としての感情を奪うのかもしれない。
いや、どうでもいいことだ。
ぐしゃぐしゃと目の前で不安げな目で俺を見つめるポンコツ皇女の頭を乱暴に撫でる。
「わわわ! 私の髪を乱すのはベッドの中だけにしてください!」
「したことないだろうが!」
「してください!」
こんなときであろうとも……、危険な任務で不安にかられていようともアリスはアリスであった。
いまを生きている俺には、いま目の前で不安を見せるポンコツ皇女をどうにしかしてやりたいと思うだけだ。
俺はアリスの手を握りながら青い勾玉型のブローチを渡しながら、その頬に口付けをして言った。
「御守りにやるよ。
大丈夫だ、お前たちは俺が守る」
内心、理性をなくすほどにアリスのその鮮やかなピンク色の唇に誘われたのを誤魔化す部分もあったと思う。
危ないところだった。
アリスはブローチを見て、俺を見て、ブローチを見て……。
「ひぃあああああああ!
師匠がスケコマシになったぁぁああああ!
タラシだぁぁあああああ、タラされたァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
両頬に手を添えて真っ赤な顔でアリスは断末魔の叫びをあげた。
手を出せというわりにそんなかよ!
「あの〜、目の前で2人でイチャイチャするのやめてくれません?」
「……ん、私にも御守りを所望する」
ホラー映画で絶叫する人のようにもだえるアリスを横目にクララとセラがそんなふうに文句を言ってくる。
「今度な」
そう言って誤魔化す。
「ああぁぁぁああああああ、師匠のドスケベーーーー!!!!!!!」
ついにはそんな叫びをあげながらアリスは逃走した。
それを半ば呆然と眺める俺。
「……大丈夫そうだな」
「……先生、アリスをあんまりからかったらダメですからね?」
ジト目で俺を睨むクララだが心配なのはクララもだ。
こいつはアリスが乗ったマークレストを逃すために、自分自身を犠牲にした。
今度はそうさせるわけにはいかない。
「至って本気だ。
おまえもだ、クララ。
必ず迎えに行くから決して諦めるなよ」
俺はクララの頬に触れて、彼女の瞳を真っ直ぐに見つめ強くそう言葉にした。
俺の任務は潜入者たちの脱出経路の確保だ。
マークレストを奪取したら素早く格納庫を襲撃、その際に逃げ遅れているであろうクララを助け出す。
必ず助け出す。
だからクララには簡単に生きることを諦めてもらっては困るのだ。
「そそそ、そういうところです!
そういうところですからね!!」
捨て台詞のように赤い顔で言い捨てて、クララもアリスを追いかけるようにして逃走した。
それを見送った後でセラが俺を見て尋ねた。
「……クロ師匠は私たち、抱きたくないの?」
「いや、抱きたいぞ」
「……じゃあ、どうして抱かないの?」
殺したい相手だから、というだけではない。
俺は肩をすくめてそれに応える。
「……ま、ただの意地だな」
それ以上はない。
突き詰めてみれば、ほんとにそれだけだ。
「ねえ、クロ師匠」
「なんだ?」
「キスして」
セラは黒い瞳で俺を真っ直ぐ見ながら、抱かない理由を追及するでもなく、そう言った。
そして、セラは俺の返答を待たずに柔らかくフッと笑って見せた。
「……やっぱやめとく。アリスに悪いから。
それじゃ3人同時のときに、ね?」
それは随分と
「……できれば手を出してくださいね。愛する人に抱かれずに殺されるのはあんまりですから」
それは俺の本心を見越しての言葉……ではないだろう。
だけどそれは俺の行おうとする罪を突きつけ、俺の中にトゲのように刺さった。
「……おまえたちは仲が良いな」
俺がしみじみとそう言うと、セラはいつもの様子ではなく心から嬉しそうに笑って言った。
「でしょ!」
それからセラもきびすを返して、半ば跳ねるようにして彼女の大切な友人たちの後を追った。
「……そうかよ」
立ち去ったセラの姿にそう投げかける。
きっとこのことを3人でああでもない、こうでもないとキャッキャと言いながら話すのだろう。
どこにでもいる娘たちのように。
ただここが戦場であるということがどうしても歪んでいるだけで。
セラは2人が誰よりも大切で、クララはバランスを取るのが上手で、アリスは……皆を護ろうとしている。
「……随分と魅力的だよな、3人ともな」
俺は苦笑いで1人誤魔化すことしかできなかった。
それでも、そんな3人娘を俺は……叩き潰したいと思う。
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