第57話アリスの信じるものを信じる

 準備とセラの指導に忙しかったので、それほどの時間が経ったようには思えなかった。


 それでも部屋で1人になったときは、ポンコツ娘が今にも突撃してくるように思えて、思わず1人で苦笑いを浮かべた。


 3人のうち、セラが残っているが随分静かになった気もする。


 セラは話があるときなどで部屋に呼びに来ることはあるが、部屋で2人っきりにはなっていない。

 そうなればどうなるかは忠告だけはしておいたからだ。


 セラは黙って真っ赤になって何度も何度も首を縦に振った。


 セラがどういうつもりかはわからないが、言った通りアリスに悪いと思ったのか、それともセラ自身の許容量がいっぱいなせいか。


 彼女は俺の部屋に呼びに来るたびに真っ赤になって、小動物のようにキョロキョロと落ち着かなくなる。

 それがおかしくて笑ってしまうと、赤い顔のまま黙って睨んできた。


 セラは高い集中力を持っている。

 それが精密な遠距離射撃を可能にして、反対に周囲の状況が目に映らなくなるときがあった。


 ゲームではバーゼル中佐にその隙を突かれて殺された。

 一点集中のオンオフの切り替えを上手にできるように、それを教えた。

 それは半分、セラ自身の性格ともいえる。


 それでなのか、セラの言動はズバリとした物言いが多いのだ。

 やんわりとした言い方が苦手、つまり毒舌なのだ。


 もしかすると、どっちつかずが苦手なので意識して話さないようにしているのかもしれない。

 セラにはクララのようなバランスをとることができないのだ。


 ゲームでは詳しくは出てこないが、一般家庭に生まれたはずの彼女は反乱軍の兵士になる程度には、一般の生活ではうまくいかなかったのだろう。


 そうして、幾日いくにちかの後。


 第5部隊スペランツァは第3部隊ホーリックスとともに、旧都ラクト圏内に入った。


 この日が来るまでに何度も頭の中でシミュレーションを行った。

 準備はしてあるが僅かでも遅れればクララは死ぬ。


 だから旧都ラクト内、マークレストのある研究施設へのルートと想定した敵の動きをいくつも想定しておく。

 それでも想像を超えることはあるが、パターンを想定しておくだけで物事の応用は効く。


 危機はクララだけではない。

 ゲームではアリスはマークレストに乗って暴走してしまう。


 アリスが暴走をしないように魔導力を操作できるほどの精神鍛錬方法も教えて、アリスはそれを実行している。

 座禅や瞑想の類いだが。


 ……絶対に救ってみせる。


 それがたとえ後に俺が奪うためであったとしても今はなんの関係もないのだ。

 マークレストに乗り最強となった生きた3人の姿をみたい。

 それはさながら物語で憧れの主人公に出会うということと同じ感覚なのかもしれない。


 同時に、それを叩き潰すという快感も俺の中に湧き起こることは否定しない。


 旧都ラクト侵攻作戦は決行され、スペランツァに乗って俺たちはもうすぐ出撃する。

「セラ、何度も言うが……」

「……わかってる。観測手がいないのだから周囲警戒は徹底する、耳タコ」

 ふふっと嬉しそうにセラが笑う。


 アリスたちが任務に出ている間、指導はセラに集中していた。

 戦場ではなにが起こっても不思議ではないのだ。

 できる準備は可能な限りしておく。


 そもそも狙撃手は観測手と2人1組が基本だ。

 片方いないだけで状況は段違いだ。

 今回は狙撃専念するわけではないが。


「……こんなに心配してくれるのクロ師匠だけ」

「……コーラルも心配してたぞ?」

「……じゃあ、コーラル艦長とクロ師匠だけ」

「あとアリスとクララもだ」

「……あの2人は別枠」

 ウフフと暗く嬉しそうに笑う。

 それからふと思い出したように、そしてなにかを懐かしむように。


「……アリスと初めて会ったとき、こう言われた。

 運命の恋はあるか否か、と。

 正直、バカだと思った」


 おい、散々な言われようだな。

 だが、俺もそう思う。


「その当時は穏やかな皇女然とした口調でそう言われたから、なおさらそう思った。

 でも、そこから気を使うのがバカらしくなってクララも交えて夜通し、そんな話をたくさんした。

 ……私の最初で最後の大切な親友たち」


 そこから真っ直ぐとセラは俺の目を見る。

 ここまではっきりとセラが俺の目を真っ直ぐと見つめてくることはあっただろうか。


「だからアリスの信じるものを私は信じる」

「……だから俺も信じると?」


 思えば、あれだけ警戒していたセラが俺をクロ師匠と懐きだしたのも不思議だった。

 3人でなんらかの話をしたのだろう。

 ……桃色の誓い以外で。


「最初はそうかも。でもいまは……」

 セラは穏やかに微笑する。

 引き込まれるような綺麗な笑みだ。


好きですよ、クロ師匠」

「……そうかよ」

「はい」

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