第47話3美姫

「3美姫がなついたもんだなぁ〜、色男」


 飯を食っているとそんなふうにオリバー大尉がそう声をかけてきた。


「3匹? ポンコツ動物園のこの3匹のことか?」


 スペランツァでも動物扱いされているのか?


「ポンコツ動物園ってなんですかァァァアアアア!!

 私、可愛いオコジョでおねがいしやっぁす!」

「わ、私はペンギンで」

「……黒猫?」


 動物扱いは良いのか、おまえら。

 アリスは皇女のダジャレのつもりか、あん?

 センスねぇぞ、ゴラァ。

 あとセラよ、猫は動物園にいないと思うぞ?


 クララは……。


「クララは俺の癒しだなぁ……。

 そうやってポンコツの中でもまともなポンコツでいてくれ……」


「へっ? えっ?

 それでもポンコツなんですか?」


「あー! クララずるーい!

 師匠、私も癒し枠で!」

「……猫は至高」


「うるさいポンコツ動物ども!!」


 蚊帳の外のオリバー大尉はそんな俺たちを眺め、しみじみと言った。

「ほんとに懐かれてるねぇ……」

 そんなオリバーに尋ねる。


「それで3美姫ってどういうことだ?」

「ちゃんと聞こえてたんじゃねぇか」

 そう言いつつ、オリバー大尉が呆れた顔で俺を見る。


 そりゃな。

 ただ俺の耳が聞くのを拒否した可能性は否定できんが。


 隣を見ると3人のポンコツが胸を張り、それぞれにポーズをとっている。


 アリスは腕組みで仁王立ち。

 クララは恥ずかしいのか、赤い顔してモデルのように美脚を伸ばし。

 セラはなんだか斜めに構えている。


 俺はくるっとオリバー大尉に振り返る。


「それでポンコツ動物園の3匹のことがどうした?」

 お笑いポンコツトリオと言い換えてもいいな。

「なんでですかー!」


 3匹が訴えるが、無視だ無視。

 オリバー大尉は腹を抱えて笑い、どうにか落ち着いた後に言った。

「3人がそんなに元気なのを初めて見たな」

「なん……だと?」

「なんでそこでそんなに驚く?」


 言ってはなんだが、出会った最初からこいつらポンコツだったぞ?

 思い返してみても……クララとセラはまだ野生の小動物のように俺を警戒してたが、アリスについては最初からノーガードで酷かった。


 皇女が1番警戒緩いってなんだ?

 アリスは純粋培養で疑うことを知らないお嬢様だとでもいうのか、バカな!?


「アリス嬢ちゃんなんて、いつも微笑を浮かべて黙っているだけで、そんなふうに騒いでいるのなんて一回も見たことねぇぞ?

 口調ももっと穏やかというか。

 コーラルもテンション高けぇとびっくりしてただろ?」


 あれ、そういう意味かよ。

 以前を知らんが、騒ぐどころか微笑を浮かべて黙っているなら、もはやテンションが高いというより別人にすら思える。

 ……というか皇女モードのアリスか?


「おまえ、本当にここにいたアリスか?」


「ふふふ……、さすがは師匠。

 ついに気づかれてしまいましたね。

 そうです、私は師匠によって大人の女になった真・アリスだったのです!」


 俺は再度、オリバー大尉に向き直り告げた。

「変わってねぇってよ」


「いやいや、まったく違うぞ。

 もっと穏やかというか、3人ともがそんなに楽しそうに騒いでいるのは初めて見たぞ。

 今も乗組員の間ではその話で持ちきりだ。

 グレイルが帰ってきたらなんて言うかなぁ。

 あいつは特にアリス姫の信望者だからなぁ〜」


「アリス姫?」

 俺はアリスを見る。

 たしかオリバー大尉はアリスが皇女だってことを知ってるんだっけな。


 俺の気になった理由には気づかないようで、アリスはふふ〜んと胸を張っている。

 逆にオリバー大尉は俺の疑問に気づいたらしく、小さく答えてくれる。


「例外を除いて本当の意味でそれを知ってるのは、この船なら俺と艦長とグレイルの3人だけだ」

 クララとセラも知ったので、秘密を知るのが倍になってしまったわけだが……気にしてねぇな。


「それとは関係なくアリス姫含む嬢ちゃんたちはまあ……、なんつーか、3人とも姫というかアイドルみたいなもんでよ」


 なんとなくわからないでもないがアイドルか。


 人の歴史は争いの歴史だ。

 しかし、そこで実際に戦う者にとって、ただ戦うだけというのはほとんどの人にとって不可能だ。


 では、なんのために戦うのか。

 自分の願うモノのためだ。

 それが愛する人だったり、給料だったり、信念だったり。


 ただ戦場の狂気の中にあって兵士たちは、即物的に目に見えるものを心の拠り所にしたくなる。

 英雄もそうだし、戦場でのアイドルもそうだ。


 結局、誰かを護りたい、この人のために、そんな想いは意外と力が湧くものなのだ。

 アリスたちは少なくともこの第5部隊にとってはそういう存在だったというわけだ。


 ゲームではそういう裏事情は出てこないが、マークレストに乗るようになってからは最主力として部隊の支柱にもなるのだ。

 ゲーム後半については、ゲーム主人公であることも含め、もはや勝利の女神のような扱いだ。


「姫たちのファンから刺されないか心配だな」

 俺は肩をすくめて見せる。


 実際にそんな関係ではないが、アリス本人たちがそのように喧伝けんでんしているわけだからどうしようもない。


「それで作戦参謀次官のエメックのおっさんがわざわざ俺に注意したわけか」


 呼び出して理不尽なまでの言いがかりをつけることでロドリット将軍が説明した通り、過度なやっかみがぽっと出の傭兵に集まり過ぎないようにしたのだ。

 たしかに組織運営というのは決して合理的ではない、むしろ感情的とすら言えるのかも知れない。


「へー、そこまで気づいちゃった?

 やっぱやるねぇ、さすがは嬢ちゃんたちのお師匠様」

「それはやめろ……」


 アリスたちは3人ともがふふーんと胸をさらに張り、もはや反りすぎて頭から転けそう……って、けた。

 3人で積み重なって転がっている。


「クララー、セラー。重い〜、どいてー!」

「重いってなんですか!

 重くないです! これはさっき昼食を取ったばかりだからです!」

「……羽より軽い、はず。

 多分……、もしかして……」


 とりあえず、こいつらがポンコツアイドルではなく、3美姫と呼ばれていることには文句言っていい?

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