第46話旗頭にはならない理由
スペランツァの補給は明日には完了するようで、補給完了後俺たちは第3部隊空中戦艦ホーリックと合流して、北に向かうことになるそうだ。
北の反乱との合流によるラクト侵攻の流れはすでに規定路線らしい。
俺としてもアリスたちにマークレストに乗ってもらわないと困るから、それについて忠告なんかしない。
「結局、あんたらにとってアリスはどういう立場なんだ?」
あの後、それだけは確認した。
ロドリット将軍にエメック作戦参謀次官ともに、アリスがただの一兵士の少尉であると答えた。
同時にロドリット将軍はこうも言った。
「彼女は言ったんだよ。
自分が死んだらそれで戦いを終えるのか、とね。
そう言われてしまえば我らには良いも悪いもなかった」
なぜだか、それは言葉以上の意味を持つ気がした。
公式には皇女ではないとするも、彼ら自身の関係性において姫であり娘のように思っているということなのだ。
反乱軍の表向き旗頭第1皇子ジークフリードとは、アリスの隠し名だそうだ。
政府の中心は第3皇子を擁した宰相クーゼンだが、第2皇子は病弱であるという理由で表舞台には出てこないまま、正妃の子である第3皇子の支持に回っている。
これもアリスのことと同様にゲームには出てこない裏事情だな。
俺には理解できないことだが、マークレスト帝室は男女問わず長子にのみ表向きの隠し名を持つのだという。
それはマークレスト始祖からの決まりともいうべきもので、それで暗殺や余計なしがらみを避けるためのものだと言われているらしい。
歴代の中では、それが役立ち暗殺を防いだこともあったともいう。
実際、いまのアリスの状況もそれが役に立っているといえなくもない。
それにアリスは他の皇族とは違い、彼女の性格上、皇族に繋ぎ止めておけるものではないと。
もしも仮にアリスが皇女として立つことを望んでいたなら、彼らはそれに従ったのではないかとそう思う。
つまりはアリス自身が皇女であることを、反乱軍の長であることを望まなかったのだ。
たしかに権力の座というのは、俺みたいな自由を好むタイプには窮屈で厄介なものでしかない。
アリスがそれと同じ性質だというのなら、やがて皇帝になる定めの長などなりたくもないだろう。
それともさらに別の理由があるのか。
後日、アリス用の新型デルタ型魔導機の調整を手伝いながら、俺はアリスにそれを尋ねた。
「私はそういうのが向いていないからね」
やはり自由を望むゆえか。
「そうか?
……ああ、ここの設定はこっちにしたほうがいいぞ」
俺はそれには半分理解を示しながらも首を傾げる。
ロドリット将軍もエメック作戦参謀次官も、ただの小娘であるはずのアリスを大切に思っている。
クララとセラも。
「私ではダメなのですよ。
未来への希望をここで断たれるわけにはいきませんから」
それでもアリスはなおもそれを否定する。
自分が長になれば、反乱軍は負けるとでも言うかのような言い回しだ。
普段のアリスではなく皇女アリスの言い回しなのが、その意思が揺らがない証明でもある。
ポンコツアリスでも意思をなかなか曲げないが。
どう言っていいか分からず無言で作業を進めていると、そこにクララとセラが飲み物と昼食を運んできた。
「アリスはどうも強情なところがありますからね」
「……2人ともご飯」
セラが渡してくれたのは梅干し入りの握り飯とみそ汁。
「ああ、ありがたい。
これうめぇんだよな」
同じように握り飯を手渡されたアリスだが、それをお盆に避けて黙々と作業に戻る。
それを眺め、俺はクララとセラに振り返る。
「おまえらも知らねぇのか?
こいつが大将をやらない理由」
「ええ、この間まで皇女だということも知りませんでしたから」
「……でも、アリスなりの理由がある。
皇女だろうとそうでなくてもアリスはアリス。
私たちはそれでいい」
作業をしながらも2人の言葉を聞いていたらしく、アリスは静かに首を横に振る。
「即物的で自分勝手な理由です。
皆のために命を捧げる覚悟が足りなかっただけです。
……私は自分が生き残りたいだけのただの浅ましい女です」
アリスの事情など興味本位でしかなかったわけだが、それ以上は聞けなかった。
アリスがらしくなく自分をひどく責めるような言い方をした。
皇女の姿とも、ポンコツ娘な姿とも違うアリスの本音が垣間見得た気がしたからだ。
俺はため息を一つ。
柄にもない事を言うつもりはなかったが、それでも忠告したくなった。
「いいか?
おまえらに言っておく。
容易く命を捨てる奴は弱い。
どれほど護りたい奴がいても死んだ人間に護れるものはなにもない。
勝ちたければ、なにがなんでも生きろ」
「……生きていれば勝ち、ですもんね」
「そうだ」
呟くようにそう答えたアリスの頭をガシッと乱暴に撫でる。
「自分の命を大切にすることを自分勝手とは言わねぇよ!
いいから食えぇぇえええ!!」
それから、俺はウジウジと呟くアリスの口に握り飯を突っ込む。
「むぐぐう!?
む、無理やりだなんてぇええ!?
し、師匠がそっちの趣味があったなんて!
頑張りますから嫁にしてください!!
でも最初は普通に優しく真綿に包み込むように優しくお願いします、むぐむぐ」
一度、口の中に握り飯を突っ込んでやると、止まらなくなるのかいつも通りに握り飯を両手に持って食い始めた。
俺はご飯粒ついてるぞと取ってやり、それをなんとなくパクッと。
それが恥ずかしかったらしく、アリスは真っ赤な顔で俺を上目遣いでチラチラと見てくる。
「く、口移しでご飯粒取ってくれますか?
んーーーー」
そう言って、アリスはご飯粒についていないピンク色の唇を突き出す。
俺は半分すわった目でアリスに言い放つ。
「それで俺がほんとにキスしたらどうする気なんだ?」
「……ご、ごめんなさい」
真っ赤な顔でぴるぴる震えながら顔を背け、大人しく握り飯をぽそぽそと食い出した。
ちろちろっと赤い顔で俺の顔を見てくるが、無視だ無視。
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