第41話あの日の秘密の会話
お偉いお方からの視線が痛い俺は、ついに切り札を切ることにした。
取り出したのは、こんなこともあろうかと持っていた音声データ。
そう、あの日の初日に俺が盗聴したアリスたちの会話。
皇女と知っていたから手を出さなかったのだという究極の証拠!
いつか戦うとき、痴情のもつれが原因とか、浮気が原因で殺し合ってるとか、そんなふうに思われるとか最悪だろ!
『街に入れたならせめてコーラルさんに連絡つかないかなぁ?』
『ダメ、やっぱりジュケイの街まで行かないと難しいと思うわ』
『う〜』
あの日の3人の声。
ハッとするアリスたち。
3人の会話はさらに続く。
『────ならばここは私からクロさんのところに行って我が身を盾にしてきます!』
『それなら私が!』
『いえ、私が……うう……』
クララとセラがアリスの代わりに俺のところに行こうと名乗りをあげたとき。
『いえ、これは私がなさねばならないこと。
それにガーンズさんが亡くなって、私たちだけになったときに約束したはずよ。
なにかあったら、マークレスト帝国の皇女として真っ先に私が犠牲になると』
『だけど!』
『それは今じゃなくてもいいはず……』
『いいえ、500万ガルドもさらりと出してしまえる人物よ?
本当にただの傭兵なはずはないわ。
きっと皇女が身を捧げるぐらいのエサがないと効果がないはずよ』
……悪いが、本当にただの傭兵だ。
なんというか皇女モードのアリスの口調に慣れんなぁ。
こいつはいつも通りポンコツポンコツ言ってるぐらいが丁度良いのかもしれない。
『これは私の役目よ。
その役目を奪うことは絶対に許さないから』
どこか優しさを滲ませた口調で、最後に強くそう告げたアリスの言葉には、強く絶対に曲げない意志を含んでいた。
『アリス……うう……』
『……アア、うう……』
2人のすすり泣く声と部屋を飛び出す音。
俺はそこで音声データを止める。
これ以上は……聞かせてはならない。
それから室内の面々を見回す。
全員が無言。
「改めて口にするがこの3人には手を出していない。
盗聴したことは謝る。
しかし、この3人からしても出会いから俺が怪しい相手に思えたのと同じに、俺もこの3人を疑った。
反乱……西方解放軍であるという確証が欲しかっただけだ」
無論、それは盗聴であり信用に関わる問題にもなりうる。
裏切られたとでも思ったのか、アリスはふるふると身体を震わしている。
そしてアリスは叫んだ。
「私たちの乙女の秘密が師匠に丸裸にされて、好きなようにもてあそばれていたなんて!
責任取っていますぐ結婚してください!」
「なんでだよ!?」
……結果的に俺はお
その後、頬を膨らませて不満げなアリスをよそに週報酬として20万ガルドで中尉待遇の提示を受けた。
年収としては1000万を超えるので、通常傭兵の2倍の報酬を提示されたのだ。
基本的に軍隊では魔導機乗りは尉官以上で、アリスたちも実力はともかく新米ながら少尉である。
ただし、義勇兵や傭兵はベテランであっても曹長止まりが良いところだ。
傭兵団という集団の場合は団長副長は尉官以上になることがある。
これは下の者を指揮する立場にあるからだ。
つまるところ、尉官というのは指揮官クラスということであり、中尉ともなると戦況によっては中隊を率いたりもする。
そういう立場にぽっと出の傭兵をつけるというのは、いくら人材不足の反乱軍といえどあり得る話ではない。
「よろしいので?」
俺は多少ぞんざいな言い方で返したが、その方がこちらの疑いを示せる。
将軍はそれを気にすることもなく、にっと笑って見せる。
「アリスたちを無傷で送り届けてくれたんだってな?
ありがとよ、こいつらは俺にとっちゃあ娘みたいなもんだ」
話し方はむしろ山賊の頭領かなにかだ。
将軍がそう告げると、コーラルが俺に所属証を手渡してきた。
所属証が用意されていた時点で、向こうが俺を逃す気はなかったことが丸わかりだ。
俺が条件を釣り上げたとしても少々なら受け入れるという意思表示でもある。
……同時にアリス自身がどう思っていようが、将軍たちの中でアリスは確かな影響力を持っている証拠でもあった。
「グレイルの帰還についても尽力していただいたと聞いてます。
それに500万ガルドの修理費のことも、特務隊強襲の件も。
あなたがいなければ危ないところでした。
それだけの人材を雇えるなら安いもの、ということよ」
疑いはあれど、それ以上に持ち帰った成果を評価してくれたということだ。
実際のところ、政府軍と反乱軍の戦いはマークレスト帝国の内乱なので、スパイを疑い出したらキリがないというのもある。
政府軍も反乱軍も元は同じ国、スパイは入り放題だろう。
報酬が提示された以上、俺に拒否はない。
いつか3人娘が全力で俺と戦える日までは裏切る気はない。
もっともすぐに北部の反乱から端を発する旧都ラクトを巡る作戦が決行されるだろうから、それが終わればきっと……。
意外とその瞬間は早くやってくるかもしれない。
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