第42話アリスの呼び方

 細かい連絡事項や通達は上層部がいる場で話すことではない。

 説明係のクララと共に2人でその部屋を後にした。


 改めて、組織の内容と決まりごと、所属は当然第5部隊スペランツァ魔導機隊。

 現時点では入隊して即どれかの隊を率いることはない。

 そりゃそうだ。


 せっかくなので拠点シーアが誇る軍部中枢の職員食堂で食事をする。

 ときどきすれ違う男性職員がクララをチラ見する程度にはクララは美人だ。


 クララだけではなく、中身はともかく3人娘の3人ともが目を惹く美人であるのは確かだ。


 俺はプレートに乗ったチキンを一口で口の中に突っ込みながら、かねてより気になっていたことを尋ねる。


 それはアリスの呼び方だ。

 幹部陣はわからないでもない。

 彼らにとってアリスは娘のようなものだろう。


 同時に皇女としてではなく、ただの兵士として扱う。

 それを徹底しているのだろう。


 アリスは自然と人を惹きつける。

 されど圧倒的なカリスマを持っていたとしても、どのような組織、グループであっても権力争いは発生するのだ。


 アリスをただの兵士として扱うということは、そこから逃す意味も含まれる。


 しかし、クララとセラにとって、それでも仕える主ではないのだろうか?

 特にクララは貴族というならば。


 もっともアリスが以前言っていたように今更、封建制度など現代においては成り立たないのかもしれない。


「私とセラがアリスの秘密を知ったのは、ガーンズ大尉が戦死した直後。

 私たち3人だけになり、敵地で帰れるかどうかもわからない。

 そんな状況でした」


「随分、最近なんだな」


 クララは寂しげに笑う。

 だが、憂いを秘めた微笑もその美人度に拍車がかかるだけ。


 食堂内の男どもがそれを見てざわつく。

 美人が突然、雰囲気出して微笑するから、その気持ちもわからなくもないが、ウゼェ!


 ざわつきは聞こえるが、男どもはなにを警戒しているのか近づいては来ない。


 なので、俺たちの話は聞こえていないようであるし、向こうのヒソヒソ話も聞こえない。


 ただ、明らかに赤い顔してソワソワしているので、男としてなにを考えているか嫌でもわかる。

 それに気づかず、クララは話を続ける。


「年が近いせいか、私たちは兵士になってからずっと3人セットでいましたし、軍も私たちが3人でセットの方が動かしやすかったのでしょう。

 休みのときは夜通しパジャマパーティーをしたものです。

 恋愛研究なんてのも毎日のように。

 3人とも相手なんてまったくいないのに、あーでもない、こーでもないって」


 クララはそのときのことを思い出したように柔らかく微笑む。

 ふわっと華が香るような微笑。


 また食堂がざわつく。


「わざとか?」

「えっ?」

「いや、なんでもない。

 続けてくれ」


 クララ本人は無自覚らしい。

 これがアリスでもセラでも同じことが起こりそうだ。


 スペランツァ内では3人が一緒にいるのが慣れているせいか、この手のざわつきはなかった。


 繰り返すが、ゲーム主人公の特権か、こいつらはかなりの美人だ。

 やばいなぁ、面倒くせぇ。


 クララは俺に促されるまま、話を続ける。


「3人だけになったときにアリスは言ったのですわ。

『私はマークレスト帝国の皇女だから。

 いざとなったら私がなんとかするから安心して。

 そのために私は存在するし、役目だから』と。

 それが先ほどの会話につながります」


 クララは皇女のくだりだけは口だけを動かして、音は出さずに俺に意味を伝える。


 だから元々皇女扱いをしておらず、ずっとアリス呼びなので本人の希望もあって今もそうしているということだ。


 こいつらはずっとこんなふうに仲が良かったのだろう。


 ゲームで3人のうち2人が死んで、それでも残った1人を言葉通り死んでも護ろうとするぐらいに。


「言ってはなんだがよく信じたな」


 こいつらは人を疑うということを知っているのだろうか?

 心配になる。

 悪い男に簡単に引っかかりそうだ、俺とか。


「あの子、嘘吐うそつかないのよ」


 クララは慈愛の満ちた表情でふわっと微笑んだ。

 そこには深いアリスへの信頼と慈しみがあった。


 嘘を吐けないのではなく、吐かない。

 意外とアリスは頑固だ。


 もはや昼時を過ぎたはずの食堂内であからさまに人が増えてきた。

 そんなに美女が珍しいか?


 ヒソヒソ話によく耳を澄ますと『3女神の1人がまさか男と……』とか聞こえるので、最初から3人娘は有名人らしい。


 魔導機乗りは尉官以上であるので、多少なりともエリートで反乱軍内でも1000人はいかない。


 その中でさらに皇女がいるという裏事情は抜きに、将軍の覚えもめでたい美女が3人セットでいれば有名にもなる。


 それに戦場はときにその手の潤いが特に求められる。


 ここらで話を終えないと、周りも近寄ってきそうだなと判断した俺は話を締めくくり、椅子から立ち上がる。


「しかしおまえも最初に比べたら、随分俺に慣れたな。

 最初なんか4人でいても、正面に座るだけで顔を真っ赤にしてたのに。

 いまじゃ普通に2人っきりで食堂で飯を食ってるんだからな」


 2人で歩いたときも並ばずに、赤い顔で3歩後ろからついてきただけだった。

 説明しながらとはいえ、今日は2人で並んで歩いていたのだ。


 それをいうと、クララは……。

 とてもわかりやすく動揺した。


「そそそ、そういうこと突然言わないでください!

 せせせ、先生に私のハジメテをまた奪われてしまいましたわ!」

「紛らわしい言い方すんじゃねぇ……」


 ざわわと明らかに男女含めて、食堂内に動揺が広がったので、さすがに俺はクララの手を引くようにして食堂を後にした。


 その際に手を掴まれ、クララが顔を赤くして食堂を出て行ったものだから食堂から一際大きなざわつきが起こったが、俺は決して振り返ることはなかった。


 絶対に振り返らねぇ!!!!

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