第39話サラ博士

「まさか、フロンタール女史。

 あんたがここにいるとはな」


 俺は銀の髪を一本にまとめた白衣姿の大人の色気を持った女性の前に座りながらそう言った。


 俺が乗る黒い魔導機ハーバルトの開発者で、同時にアルテイア計画の研究員の1人でもあった。

 魔導機研究の専門家だ。


「久しぶりね、キース……いえ、いまはクロ君だったわね。

 いまは本名のサラを名乗っているわ」


 そうか、俺はキースという名だったのか。

 研究所で実験のたびに彼女の診察を受けたはずだが、名前を呼ばれたことを覚えていない。


 つまり俺の記憶はある日全てを忘れたわけではなく、実験のたびに少しずつ失っていったか、もしくは彼女がいなくなった後に記憶を失ったかだな。


 記憶を失う前もこうやって診察を受けていたのだろうから、定期診断のようなものか。


 セラとサラと紛らわしいので、今後は彼女のことをサラ博士と呼ぶことにしよう。

 ポンコツ3人娘の1人がセラで博士はサラ博士だ。

 医者というより研究者だからな。


 もっとも彼女は研究所の他の研究者と違いマッドサイエンティストではない。

 人体実験を中心とする研究をかなりうれいており、政府に常に中止を求めていた側だ。


 俺は彼女を他の研究実験体にされていた女性たちと一緒に研究所から脱出させた。


 その後に本来、女性にしか行われなかったアルテイア計画の実験台として未来予知の改造手術を受けさせられた。

 だが結果は失敗に終わり、俺には効果なしの結果となった。


 処分されかけたところで、逆に俺はサラ博士から起動キーをもらっていた魔導機ハーバルトを使って研究所を爆破。


 俺を示す証拠データも全て抹消して逃げ出し、隠れた村で特務隊に遭遇。

 ムカついて特務隊をぶっ飛ばして偶然……ある種、必然でアリスたちを拾っていまに至る。


 記憶は失ったが精神が壊れなかったのは奇跡だろう。


 ある意味で人として壊れてしまった可能性はあるが、元からそうだったと言われたとしてもそれを言い返す言葉はない。


 そこまでの話をすると、どこまで記憶が残っているかについていくつか質問を受けた。


「生活に支障はなさそうね。

 変な幻聴や……たとえば予知能力、もしくはそれに近い直感力なんかはないかしら?」


 それに近い直感力、ね。

 その質問はおそらくアルテイア計画に関わる部分なのだろう。


「いいや、残念だがなにもないな。

 実験は失敗だったらしく、俺を手術した研究員たちもひどく残念がっていたよ」


 悪いが研究所で世話になったサラ博士といえど、ゲームの記憶について話す気はない。


 ないとは思うが、俺の本当に目的であるライバルキャラとしての衝動がバレる可能性に繋がる情報を与える気はない。


 研究所でバレなかった通り、脳波などに異常な直感力や思考に対する反応は出ないはずだ。


 もっとも、なんらかの発作が今後起きないとは限らないが、そのときはそのときだ。


「サラ博士が研究所でいつも惚気のろけていた旦那とは逢えたか?」

「のろけてたかしら……?

 元旦那よ、いまは彼の奴隷よ」


 そう言ってウィンクして見せる。

 奴隷ってなんだよ……。

 どっかの皇女様と同じようなこと言ってんなよな……。


 よくわからないが、うまくやっているようである。


 サラ博士に自覚はなかったようだが、最愛の旦那にいつも再会したいと言ってのろけてた俺をウンザリさせていた。

 無事に再会できたようだ。


「……うう、師匠が浮気してる〜」

「先生、少し鼻の下が伸びてませんこと?」

「……クロ師匠。いま、チラッとサラ博士のタイトスカートの端に目線が行った、気がする」


 扉の隙間から6つの目が縦に並んでのぞいている。

 無視だ、無視。


「アリスも被験者か?」

「いいえ、彼女は天然モノよ」

 なるほど、どうりでイキがいい。


「むしろアルテイア計画は彼女のように帝室に稀に生まれる力を再現する計画よ。

 同時に帝室が認めたものしか使えない魔導機マークレストを誰もが使えるようにするための計画。

 その過程で生まれたハーバルトはマークレストを元に設計したものよ。

 それでそのマークレストとハーバルトは魔導親和性が極端に高く、魔道融合炉の結合を起動し、パイロット同士の魔導共鳴が融和して驚異的なエネルギー反応を生み出す、ウンタラカンタラ……」


 サラ博士の魔導オタクスイッチが入ったらしく、なんだかよくわからない説明を聞く。

 要するに合体技というか裏技があるとかなんとか。


 そんなことより、こんなところでアリスと俺に意外な関係があることを聞かされるとは思っていなかった。

 マークレストのことも。


 ここでアリスの直感……帝室に伝わる女神の力というやつは随分とイレギュラーらしい。


 その割にはアリスもゲームでは死ぬときには死ぬよなぁ。

 絶対的な能力というわけではないらしい。


 もっともゲームではマークレストで敵を食い止めるために、自らの魔導力を暴走させたので半ば自爆に近かったが。


「アリス!

 こんなところで油を売って!」

「げげげ、コーラルさん!」


 扉の外から声と同時に、どさどさと3人娘が崩れる音までしている。

 無視だ、無視。


「ほら、帰還したんだからロドリット将軍に顔を見せに行くわよ!

 心配してたんだから!」


「待って!

 ちょっと待って!!

 フェイさぁぁあああん!

 あなたの奥さんのサラさんが浮気してますよー!

 ぎゃー、足引っ張って引きづらないでぇええええ!

 せめて師匠も一緒に!」


 フェイというのがサラ博士の旦那のことだろう。


 クララとセラがアリスを担ぎ上げて走っていくのが見える。

 なにやってるんだあいつら……。


「ははは、アリスちゃんたち元気だねぇ〜。

 ……あんなはしゃいでるあの娘たち、初めて見るわ」


 サラ博士はどこか優しげな目で駆け去ったアリスたちの方を眺める。


「そうなのか?」

 コーラルも似たようなことを言ってたな。

 俺はポンコツなところしか知らないからどうにもいえないが。


「相変わらず女子供に懐かれるのね、そしてなんとかしようとしてしまう」

 サラはそう言って微笑む。

 以前に研究所からサラ博士を含む女子供を逃したときのことも含めて、だろう。


「忘れたな」

 俺はなんとも言えず肩をすくめる。

 ましてや、その助けたアリスたちを殺すために一緒にいると言えようはずもない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る