第32話軟禁とは監視下に置かれ警戒状態のこと
営倉といっても普通の個室と変わらない。
軟禁状態なので部屋の外には出れないが、室内では自由にして良い。
パソコンやモバイルブックなどもあり、ゆっくりするには十分だ。
俺は手持ちの紙の本を片手にゴロンとベッドに横になる。
マークレスト初代皇帝の伝記と呼ばれる物語で初代皇帝が詐欺師を自称しており、当時は発禁処分を食らったといういわく付きの本だ。
現代では初代皇帝が詐欺師であること以外はその時代背景が正確に語られていることから、物語としてではなく当時の歴史の参考文献として見直されているという。
しかし本の主人公である詐欺師があまりにふざけているので、歴史書としての信用はやはり高くないので、古本屋で50ガルドの捨て値で売られていた。
パン一個の価値もないということだ。
こういうくだらない本はなにも考えないときにちょうど良い。
そういえば慌ただしい毎日で、こうして1人で横になるのも久しぶりに思えた。
ぺらりとページをめくる。
同時に部屋の扉が開かれた。
「師匠〜、遊びに来ましたぁー!」
「帰れ」
ぶーと頬を膨らませつつ、アリスは俺が寝転ぶベッド……というか、俺の腹の上にダイブする。
「ぶっ!?」
「師匠〜、なに読んでるんですかぁー。
エロ本ですかー?
手〜出しますかー?」
「軟禁状態で捕虜がその大将に手なんか出すかよ!?
あと扉開きっぱなしじゃねぇか、閉めろよ」
軟禁状態の相手がいつでも逃げれる状態にしてどうすんだよ。
銃を持った警備兵が困った顔をしていたが、アリスが手で合図すると大人しくこちらに背を向けた。
おい、警備兵までこいつを放置しておくなよ。
「先生、先ほどの戦いの動き方についてですが……。
あら、アリス来てたんですね。
お邪魔しましたか?」
そこに更なる来訪者。
クララがメモとペンを持って先ほどの戦い方について意見を聞きたいらしい。
俺はアリスの脇を捕まえて持ち上げ、ベッドの端にポイっと投げて起き上がる。
「ああ、気にすんな。
さっきの動き方としては及第点だ。
よく俺の動きについて来れた。
あのとき、もう一つ可能ならスペルンツァの左舷砲台の側をかすめるように……」
こいつらがさらに強くなるという状況は大歓迎だ。
俺の意図がバレない限りは軟禁状態とあっても、そのまま処刑される可能性は低いだろう。
アリスがベッドの隅でヨヨヨと口元を押さえて泣き真似をする。
「うう……、師匠にやり捨てされた……」
俺が反乱軍の旗頭の皇女に手を出したなんて誤解されない限り……。
「やってねぇだろうが!?
警備兵がギョッとした顔でこっちを見てるじゃねぇか!
本気にされたらどうすんだよ!」
その俺の訴えにアリス真顔で返す。
「既成事実がついたということでラッキーと思います」
「ふざけんな」
そこにカラカラとカートを押してセラが入ってきた。
部屋に入る前にセラは警備兵に何かを話し、警備兵は敬礼を返してそのままどこかに行ってしまった。
おい、俺の監視はいいのかよ……。
「2人とも来ていると思いました。
クロ師匠、ご飯ですよ」
セラが『来ていると思った』と言うからには、こいつら3人とも示し合わせて集まったわけではないようだ。
ワンプレートの食事だが栄養バランスが考えられてそうな食事で、ウィンナーや魚もあり、補給が行き届いているのがよくわかる。
野菜ジュースもついている。
「ご飯、ご飯」
「ありがとうセラ」
「はい、クロ師匠。
コンソメスープ熱いですから気をつけてくださいね?」
セラはカートをそのままテーブルの形に変形させて、4人分の食事を並べる。
カートをテーブルに出来るとは便利だな……って。
「なんでおまえら、営倉で一緒に飯食ってるんだよ?」
警備兵まで返してしまって、軟禁状態の相手となんの警戒もなく同じ部屋で飯食うっておかしいだろ?
「ほえ? 営倉なの、この部屋?」
アリスは不思議そうに首を傾げ、なぜか俺に尋ねる。
なぜ、俺に聞く……。
「まあ……、捕虜などがいる際はそうですけど、いまは先生の部屋ですわね」
「クロ師匠、冷める前に食べましょう」
かちゃかちゃと食事を開始する。
「……結構、美味ぇな」
「でしょー、スペランツァの料理人のスウェンさんは元帝都の一流シェフだったんだよ!
ん〜、おいしー」
フォークに刺したウィンナーをぱきりと一口口に含み、ご機嫌なアリス。
「……じゃなくて!
俺は軟禁状態じゃねぇのかよ!
しかもなんで扉開けっぱなしなんだよ」
「あ、これは失礼」
セラはサッと立ち上がり、扉を閉めてまた食事に集中する。
鍵を閉めたり、警備兵を呼び戻す様子はない。
扉を閉めろと注意したわけじゃねぇよ、軟禁状態じゃねぇのかと聞いたんだが。
「軟禁中なので、私たちが先生と一緒に食事を取ってるのですが?」
仲良く食事しているだけにしか見えないが、これを軟禁中の監視状態と言っていいのか?
「夜は泊まりに来ますね、師匠!」
「1番の警護対象自ら、危険な監視対象に突っ込んできてどうする……」
「今度こそ既成事実が付きますね!」
なんだか力が抜けた俺はがくりと肩を落とす。
「まあいい……。
それよりおまえら今夜はゆっくり寝てられないぞ?」
俺が警告を発すると、セラはゴクリとノドを鳴らしフォークを置いて俺を見、クララはぶっと飲んでたコンソメスープを吹き出し、俺に吹きかける。
アリスは……。
食べかけのウィンナーをなぜかフォークで上げ下げして、真っ赤な顔をしてやたらと恥ずかしそうに。
最後には真っ赤な顔のまま上目遣いで。
「そ、そんなに激しくします……?」
俺は自分の言い方が悪かったのだと気づく。
俺は再度、がっくりと肩を落とし言った。
「違ぇよ……。
撤退した特務隊がなんとか汚名返上しようと、手柄を求めて今夜にでも夜襲をかけてくるからだよ……」
精神的な疲労で、とても身体が重い。
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