第26話本性はどちら?

「え、えっ?

 師匠、ポンコツってなんですか?

 作っているとか……」


 どう見ても裏表のないアリス、ついでにそのアリスを見て、なぜか同じくオロオロするクララ。

 俺は思わず両膝両肘を床につけた。


 身体が重い……これがポンコツ空間の重力、か。

 俺は思わず遠くを眺めたくなって外に視線を向ける。


 ほとんど揺れの感じられぬ一等客室の中から、すぐ外のテラスが見えて青い空が広がっている。


 そして俺は叫んだ、心から。


「普段のそのポンコツがなのかよ!!!」


「普段が素っていうか、それぞれの立場と状況に合わせてというか。

 ……っていうか、ポンコツってなんですか!

 私、ポンコツじゃありません!」


 いまさらなにを言うのか、このポンコツ皇女は。


「今までがどう見てもポンコツじゃねぇか!」

「ポンコツではありません!

 訂正してください、師匠……いえ、クロ様!」


 もう先ほどの皇女然とした姿も口調もいつものポンコツ娘にしか見えん。


 俺の気のせいか?

 気のせいなのか!?


「皇女が行きずりの男と関係持とうとしてんじゃねぇよ!

 あとクロ様とか、いまさら『様』付けとかすんじゃねぇ」


 いや、違う。

 問題はそういうことじゃない。

 俺はこいつらを鍛えて、戦場でぶちのめしたいのだ。


 それはどこまでいっても利己的なもので、肉体関係を持ち情を交わしてしまえばやり辛くなる、というただそれだけなのだ。


「私は師匠の女ですから!」

「なんでそうなる!?」


 その俺の思惑抜きでも、皇女が野良傭兵の女になろうとするのが間違っている。


 しかも、傭兵の俺から要求するならともかく、ご馳走である見目の良い皇女の方から言い出す意味がわからん。


 勢いのままに言い返すが、アリスはそこで唐突にキョトンとした顔をする。


「なんでって……、あー、師匠。

 意外と師匠はご自分のことは見えてないということでしょうか」


「なにがだよ?

 あと口調統一しろ。

 雑に扱っていいのか、皇女扱いしたほうが良いのかわからん」


 見目の良いのと相まって皇女口調で丁寧に話されると、それはそれで落ち着かん。


「私のことは師匠の欲望のけ口扱いで構いませんが?」


 雑な扱いで良さそうだ……。

 ずっしりと疲労感を感じる。


「皇女口調でけ口とか言ってんじゃねぇ……」


 せめて口調をいつものポンコツ風味に直してくれ。


「そうですね……、1度1夜を共にしていただければお教えいたします。

 可能ならばクララとセラも。

 ……こんなズルい女はお嫌いですか?」


 そう言ってアリスはポンコツな様子から一転、イタズラっぽく蠱惑的こわくてきに笑う。

 普段のアリスのようで皇女としての気品も兼ね備えた魅力を放ちながら。


「いいや、ズルい女か。

 結構じゃないか」


 それが生きるための選択なら俺は擁護するね。


 それに本気の誘惑に抗えるほど禁欲的ではないつもりだが。


「しかしまあ、おまえの命令ならあの2人も俺に抱かれることを受け入れると?」


 3人の関係は友情ではなく忠誠かなにかだったのか、そうしてみると見え方は随分違う。

 だが、それにはアリスは即座に首を傾げて否定する。


「いいえ?

 2人が望んでいないなら、私が強制できることではないですよ。

 2人も師匠の庇護下に入れてもらいたいだけで」


 俺が訝しげな表情をするとアリスは即言い直す。


「あっ、やばっ、余計なこと言ってしまった!

 と、とにかく師匠は私たちをそのケダモノのような性欲の捌け口にすればいいんですよ!

 むしろ、いますぐ!」


 庇護下、庇護下ねぇ。


 こいつのポンコツ具合からすれば、俺をなにかの組織と繋がりを持っているボンボンとかに見えなくもないのかもしれないな。


 確かにそう思われても仕方がない行為を繰り返してはいる。


 500万もの大金を返せるアテのない3人娘のために、ぽんっと使っている。


 3人がかりでも相手にならないほどの強さを持っている。


 それに漆黒の魔導機ハーバルトもただの傭兵が持つには過ぎた機体だ。

 ここまで師匠呼びされたからではないが、こいつらの先生代わりもしている。


 ソン家のことや反乱軍、政府軍のことをただの傭兵にしては知りすぎている。

 それらは全てズルのゲーム知識によるものだ。


 勘違いを受けてラッキーとばかりにこいつら3人を貪ってもよかったのだろうが……。

 そういうのは趣味じゃない。


「あー、なにか勘違いさせたら悪いが、俺はどこかの組織のバックアップを付けた御大人とかじゃねぇ。

 ほんとにただの傭兵だ。

 500万の金もあぶく銭だし、おまえたちを襲撃したのも本気で間違えただけだ。

 それで恨みを買うのも得策じゃないと思っただけだ」


 俺の弁解にアリスはキョトンとした顔で再度、首を傾げる。

「それがどうしたんですか?」


「……待て。

 そういう勘違いをしてないなら、なぜそこまで俺に抱かれようとする。

 あと庇護ってなんだ?」


「あー……、それは秘密です。

 抱いてくれたら教えます、約束です」

 アリスは可愛く指を一本立て、片目をつむる。


 ちくしょう、可愛いじゃねぇか。


 それだけに戦場の第六感並に厄介ごとの匂いがぷんぷんする。

「絶対、抱かねぇ」


「そんなこと言わないで抱いてくださいよぉおおおー!

 お嫁にしてくれるのが1番ですけど、性欲発散としてでもいいですからー!」


 アリスは俺の足に縋りつきながら、またしてもそんなことを訴える。


 うるせぇ、皇女を遊びでそういう相手にできるか!


 なんでそんなに執着してんだ。

 わけわかんねぇよ!

 いっそ恋心とか言われたほうが、理解できないがまだ理解できる。


 どう聞いても恋愛のソレではないし、恋をするような時間も過ごしちゃいない。


「師匠、お願いしますー!」


 絶対に嫌だ!!!

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