第25話手を出していいんですよ?
「前から思っていましたが、先生は一体何者なのですか?」
船が出航してしばらくして。
暇になったのか、クララにそんなことを改めて言われた。
たしかに船上では特にすることもない。
いまもクララが淹れた茶を飲みながら、アリスとクララと俺の3人で適当に時間を過ごしていた。
セラは慣れない船旅か、それとも疲れからか、お茶会には参加せずベッドにぐったりして寝転んでいる。
3人の中でセラだけ一般家庭育ちなので、豪華な広いベッドを満喫しているだけかもしれない。
「ただの傭兵だよ」
何度かクララとセラから尋ねられたが、同じ答えしか返していない。
事実だからそれ以上、他に言いようがない。
逆にアリスはなにも聞かない。
聞かれても困るが、聞かれないのも変ではある。
船上のテラス席にも出ることができて、周りには他に人の気配はしない。
本来、1等級の部屋なら用意していた金の1桁は違うはずだからだ。
3等室で雑魚寝も覚悟していたが、そうなれば見目の良い3人娘に手を出そうとする輩が出て、変な揉め事を起こしていただろうから助かるといえば助かる。
そこに俺も含めた4人で一部屋を貸し切っている。
だから俺からこんな話もできる。
「俺からも聞くが、皇女がなんでこんなところにいるんだ?」
それに対し、アリスとクララはピタリと会話を止めて俺の方に顔を向ける。
そのアリスのことだが、初日で盗聴でアリスが皇女であることは聞いていた。
行く先々で情報は集めていた。
モノと金が集まるところに人も、それに付随する情報も集まる。
姿を見せない反乱軍の旗頭のはずの皇子。
帝国皇帝が病に倒れている中で立太子していない理由。
ゲームの中でも帝室が認めた人にしか起動できないはずのオカルトマシーン。
その点については主人公特性のように有耶無耶にされていた。
理由が分かれば納得できるはずだが、それでもアリスというおとぼけ娘を知れば知るほど。
あれが帝国の姫だとは、にわかには信じ難いのもあった。
「皇女なんていなくていいんです」
そう言ったアリスの顔は複雑であり、どこか寂しげだった。
この国の歴史は長い。
建国の租は詐欺師だったとか、スラムの生まれだとか、そんな始まりから紆余曲折を経ていまに繋がっている。
国の歴史はいつか終わる。
それがいまだとアリスは告げる。
たしかに世界はすでに王族貴族による封建制では成り立たなくなっている。
それにくわえて今回の内乱だ。
アリスは元々は庶子の生まれで10に満たないうちは母と中堅都市ロヤで暮らしていた。
だが、そのロヤの街が謎の部隊に襲われて1夜によって焼け野原となる。
そこから難を逃れ、反乱軍の前身となる第3軍のロドリット将軍に助けられて、皇帝の血筋とわかったそうだ。
政府の上層部の誰かの仕業と思われるが、ゲームでは最後までその犯人を特定することはできなかった。
政府軍に勝利した後、復讐は完了したのかしてないのか。
失ったものが多すぎて、もはや考えることもできない、そんな結末だ。
そこから内乱の発生まで皇女として暮らすが、一般にはその姿は見せていない。
暗殺を避けるためでもあったことは疑いようもない。
「帝室の女性に伝わる特殊な力があるせいで、どうにも出る杭を打とうとする人が多くて」
アリスはなんということはないかにように肩をすくめてそう言う。
庶子ということもあるが、皇女であり特殊な力のあるアリスは正妃の子である2人の皇子とは折り合いが悪かったらしい。
マークレスト帝国は長子相続が基本で皇女には継承権の優先順位は下にも関わらず、皇子たちは猜疑心にとらわれたということか?
「特殊な力?」
「人よりも直感力が強いんです、私」
いつものアリスなら胸を張って自慢しそうなものだが、なんの価値もないかのように静かに茶を飲みながら告げる。
その直感力は戦場の第六感に近いそうだ。
なのでクララもセラもアリスの最終判断にケチをつけないのだ。
いやそれにしたって、襲撃してきた傭兵を全開で信頼するのはどうかと思うが。
「そもそも皇帝が立太子を決めなかったのも悪いんですけど」
「そんな話を言っていいのか?」
「いまこの瞬間に不敬罪で誰も捕まえに来ない時点で、帝室の権威なんて見る影もないんだよ」
アリスはまた寂しそうに笑う。
その影のある笑い方が暗く美しかった。
それはどちらに対する不敬罪なのかね……。
一国の姫とはぐれ傭兵と1つの部屋に押し込まれてることが、この巨大な帝国の終焉を意味していると思えなくもない。
その姫が一兵士としてこの場にいることも。
「師匠、私からもいいですか?」
師匠呼びはまだ続くんだな。
「どうぞ、お姫様」
ずずいとアリスは顔を寄せる。
鮮やかな唇から放たれる吐息に不快感はない。
「キス、しますか?」
「……しねぇよ」
アリスは距離を戻し椅子に座り直す。
「手、出さなくて良いんですか?
この部屋なら誰にも止められませんよ?」
アリス『皇女』は引き込まれるほど魅力的な笑みを浮かべて、そう言った。
その声音と表情にズクンと胸が
……良いわけねぇだろ。
ハクヒの野郎はそのことも想定して1つの部屋に俺たちを押し込んだのは間違いない。
面白がっているのか、そもそもアリスが姫であることを知らないのか。
「お姫様に手を出して1夜のあやまち、てか?
冗談キツいぞ」
俺はそう言って肩をすくめて見せるが、アリスだけでなくクララも冗談で済ます様子はない。
クララもキリリとした表情でどこか女騎士の気配も感じさせる。
元より気品を残した貴族令嬢のようではあったが、なるほどね。
「いまはただの迷子の一兵士です。
命の恩人と1夜を過ごすことぐらい、あり得る話ですよ」
帝国の皇女が一兵士として魔導機に乗り、さらには遭難中か。
世も末だな。
するとゲームで、アリスという旗頭でもある帝国皇女の戦死でも崩壊しなかった反乱軍はかなり強固な組織なのか。
いや、強固というより異常なほど柔軟なのだ。
だからこそ、のちに反乱軍は民衆の協力を得た革命軍に変化する。
「もしくは冷たい戦場でひとときの互いの温もりを共有するだけ。
もっともあなた以外と過ちを起こすことはあり得ませんが」
そう言って、イタズラっぽくぺろっと可愛く舌を出して見せるアリス。
大した役者だ。
元よりこの愛嬌で民衆の前に旗頭として姿を見せていれば、早い段階で反乱軍は革命軍へと昇格して戦況は違った様相を見せていただろう。
それをしなかった事情は一体なんなのか。
「随分、買い被られたもんだな。
あのポンコツ具合もネコを被っていた、というわけだ」
盗聴器で聞いていた限り、普段のポンコツ具合に嘘はなかった。
だがそれをいうなら、普段からクララもセラもアリスへの対応は仕える主人のものではなく、徹底したまでに友人へのそれだ。
アリスが皇女である以上、クララとセラもただの友人としての関係ではあり得ないはずだ。
それを態度も口調も徹底しているのだから、その演技力は見事という他ない。
「えっ、ポンコツ……?」
しかし、その俺の言葉に皇女然としていたアリスの表情が崩れ、ここ数日見てきたアリスの顔に戻る。
「おい……」
まさか、だよな?
徹底した偽装で俺を上手く利用してたんだよな?
嘘だと言ってくれ!!
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