第13話桃色の誓い
俺はアリスが後ろでポツリとそう言ったのことに遅れて反応した。
それだけ想定外の言葉だったからだ。
不思議に思い、後ろのアリスを見ると触れそうなほど近くに、キラキラした目をしたアリスの顔があった。
近い近い!
「師匠!」
「はぁ〜?」
戸惑う俺にのしかかるように、アリスは興奮した様子で後ろから身を乗り出して2人に通信を送る。
このポンコツぶりなのに、女性らしい柔らかさとどうしようもないほどの良い匂いがするのが、とても嫌だ。
「クララ、セラ!
私、師匠に一生ついて行く!!」
「はぁあああああ!?」
図らずもアリスを除く3人の声が重なってしまった。
なにを抜かしてんだ、このポンコツ娘は!?
この日は初めての魔物狩りのために、このハンヨウの街に滞在したが、明日からはこの街を出て東に向かう。
東に向かうと海に出ることになり、西側の反乱軍本拠地とは逆方向になるが回り回ってその方が早く目的地に向かえることになるからだ。
初めての魔物の動きに戸惑いを見せたクララとセラだったが、その動きは悪いものではなかった。
俺との遭遇戦でも初撃で俺に潰されたクララだったが、あの動きだしであれば避け切れていたかもしれない。
セラも距離さえ取れれば、その射撃の腕はなかなかに脅威だ。
そこに元気フル充電のアリスが前衛に構えれば、そう簡単には落ちない。
これはこれでいずれ苅り取るのが楽しみになってくる。
しかし困ったのが……。
「師匠!
あ〜んしてください、あ〜ん!」
帰還して機体を整備工場に預け、宿で夕食を取っているわけだが。
昨日までは向かいに3人で座ってたはずが、なぜか今は俺の隣にアリスが座り身体を寄せて俺を甲斐甲斐しく世話をしようとする。
元気になったのはいいがこれは……なんか違う。
「なあ、アリス」
「なんですか、師匠!
夜伽ですか?
お任せください!
師匠と愛を育むのも弟子の役目ですよね!」
そんな役目なんてねぇよ!!!
目をキラキラさせてアリスは胸を張る。
なんでおまえ、そんなに残念なの!?
「まずその師匠ってなんだよ!」
アリスは俺の問いになぜか不思議そうに首を傾げる。
おい、なんでそこで不思議そうな顔をする?
俺は助けを求めるように向かいの2人に視界を向けた。
するとクララとセラは口に運んでいた肉を皿に置き直し、何故か少し恥ずかしそうにおずおずと言った。
「あの、先生。よろしくお願いします」
「クロ師匠よろしく」
「えっ!?
アリスの独断じゃねぇの!?」
2人も俺を師匠扱いする。
なんでも帰還してすぐにアリスから提案を受けて、3人で俺の弟子になろうと話し合ったらしい。
なに、その押しかけ弟子?
まず俺の許可を得るのが先じゃね?
俺は押しかけ弟子を眺めながら、やけ酒を飲むようにグイッと酒を身体に入れる。
だがふと思った。
もしかすると、これは悪くないのかもしれない。
いずれにせよ、こいつらと行動すれば危険な戦場に関わることになる。
その戦場を楽しみつつ、こいつらを俺の眼鏡にかなうように育てる、というのは名案のような気すらしてきた。
俺がどこまでやれるのか、どこまでこの生を突っ切れるか。
そういう人生を全力で味わい尽くすために。
……なにか致命的なミスをしているような気にしなくはないが。
俺が酒を飲みながら、目の前のクララとセラをジーッと眺めていると、なにを勘違いしたのか。
クララはモジモジとして言った。
「あの……、色々とシェフィールド家のこととかありますけど、それはこちらでなんとかしますので……」
次にセラはむしろ堂々と表情も変えずに。
「よろしく、旦那様」
俺は異世界にでも飛ばされたような感覚に陥りくらっと眩暈すらしてしまう。
単に疲労でよく酒が回ってしまったのか?
アリスに至っては大喜びで宣言する。
「これで名実共に3人とも嫁ですね!」
「名も実もどこにあった!?
しれっと弟子を嫁にすり替えてんじゃねぇよ!」
こいつら、危険過ぎる!
なんでライバルキャラが主人公を嫁にするルートがあるんだよ!?
しかも3人も。
こんなポンコツどもは1人でも抱え切れん。
「えっ、弟子になったら嫁になるのが決まりじゃないんですか?
あと奴隷も将来の嫁候補らしいです。
薄くない流行りの本では定番ですよ?」
「おまえの言っているのはすでにエロオヤジのそれなんだよ!」
「酷い!」
いや待て、落ち着け俺。
これはもしかすると3人の高度な交渉テクニックなのかもしれない。
ここで迂闊な返事をしたら、ずるずるとこいつらにいつまでも付き合わされるはめになりかねん。
深く呼吸をする。
……いや、大丈夫だ。
俺は何かに縛られてはいない。
ゲームでは傭兵としての契約に縛られていたが、いまはそれもない。
反乱軍に入ったとしても、ヤツらがつまらない存在だったり、戦いに面白みがないのならその場で立ち去れば良い。
いっそ行きがけの駄賃に全て俺が喰らって行くのもいいかもしれない。
それはそのときに考えれば良い。
少しでもこいつらを強くして、潰す楽しみに取っておこうじゃないか。
「勝手にしろ」
「はい、師匠!」
とにかく師匠とかどうとかで俺を騙そうという意図があったようには見えない。
利用しようとは思っているだろうがな。
それほど長く考え込んでいたわけではないが、3人娘が部屋に戻ってきた音が盗聴器から聞こえる。
さて、師匠とか言い出した狙いはどうだ?
部屋に戻り、3人がそれぞれ椅子やベッドに腰掛けたような音が聞こえたあと。
クララが大きく息を吐き言葉を発した。
「私たちの恋愛研究が生きる日が来ましたわ。
弟子になることで嫁になるという事実は私の中で革命でした。
まさかそんな手があるなんて」
目からウロコとでもいうように、とても感心した様子で。
ねぇよ!
「まさか私たちが1人の旦那様にゲットされるとは思わなかった」
1人も手を出していないだろうが!
俺は食事を手早く終えて、さっさと部屋に引きこもる。
結局、師匠がどうこうのせいで具体的な移動の話ができなかった。
明日の朝にでもちゃんと話をしておこう。
……しかし、あいつらもどういうつもりだ?
急に弟子になりたいなどと。
確かに彼女たちはまだ未熟なところが多い。
それは本来ゲームが進むにつれて改善されていくが、それに間に合わずに2人が死に、残る1人も勝利こそするが望みは叶わない。
それを知っているわけではないが、自分たちにも足りないものがある自覚はあったのだろう。
それにアリスは後ろに乗って俺の操縦を見ているので、それも関係しているかもしれない。
それとも俺が盗聴器で聞いたあのことと関係が……ないな。
アリスがもし本当にそれならば、なおのこと得体の知れない俺を師匠などとは呼ばない。
あのポンコツ具合が真実の姿を偽装したものだというならば、あまりに完璧な偽装だ。
やんごとなき身分の者があんなポンコツだとは思うわけがない。
むしろ世間ずれした姫っぽいといえばそうなのか?
「私たちのハジメテは3人一緒、これはこれで最高のラブ着地です!」
そして3人同時に、呼吸を整えるようにして。
「我ら3人、生まれし育ったところは違えども、ハジメテは共にと誓わん!
これは桃色の誓いよ!」
……盗聴、するんじゃなかった。
その後、3人のポンコツ娘が突撃兵のように俺の部屋に来ようとしたが丁重にお帰りいただいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます