第6話夜這い

 3人娘が部屋に戻ると同時に俺も会計を済ませ部屋に戻る。


 それからベッドに寝転がり、仕掛けてあった盗聴器から隣の部屋の3人娘の会話を盗み聞きする。


 信用できないのはお互い様。

 ゲームで3人娘の性格やその信用における性質は知っていても、それに頼るというのはあり得ない。


 騙し騙されの傭兵稼業で生き抜くには用心深さこそが第一だ。


 それに俺が知り得るはずのない彼女らのことを、なにかのはずみに口走ったときの保険も必要だ。


「街に入れたならせめてコーラルさんに連絡つかないかなぁ?」

「ダメ、やっぱりジュケイの街まで行かないと難しいと思うわ」

「う〜」

 セラとクララが悩ましげな声でそう話している。


 コーラルってのは確か第5部隊長だったか?

 主人公娘の旗艦スペレンツァの艦長でもある。

 反乱軍は空中戦艦5隻を保有しており、それがそのまま部隊数となる。


 政府軍はそれよりも多く8隻の戦艦があるので、戦力はおおよそ1.5倍である。

 国力の差よりマシだが十分に差がある。


 アリスたちは第5部隊でわかるように反乱軍の中でも主力というほどの位置付けではない。


 しかし、これから戦いが激化していく中で3人娘を含めた第5部隊は活躍の場を与えられ、やがて政府軍との決戦において宰相クーゼンとその精鋭部隊を打ち破ることになる。


 無論、そうなるまでにその犠牲はあまりに大きくアリス、クララ、セラの3人のうち2人は死亡。


 帝国秘蔵のオカルトマシーン奪取とルート次第でクララが死亡する戦いでは、政府軍の罠に嵌められ主力だった第2、第3部隊が壊滅。

 半壊した第4部隊は旗艦を失い第1、5に振り分けられる。


 第5部隊も半数を失うことになる。

 誰が死ぬかはゲームだとルート選択によるので、いまはなんともいえない。


 皮肉ながら、その戦いにより半数の戦力を失った反乱軍は広く民間企業や傭兵、在野の勢力と結びつき、奇跡の大復活を遂げて政府軍への反撃の狼煙をあげていくことになる。


「アリスが酔ったふりでアプローチしても引っ掛からなかったね」


 セラが部屋の入ってからずっと唸っているアリスに声をかける。


 ……が、アリスからの返答が聞こえない。


「……ちょっとアリス、大丈夫?

 やっぱりお酒になにか仕込まれていた?」


 クララが心配そうにアリスに声をかけると同時に、セラは怒り出す。


「やっぱり!

 あの男、私たち3人を酔わせてあーんなことやこーんなことをさせる気だったんだ!

 ああ……、こんなところで皆とハジネテを奪われてしまうのね、ぐへへ……」


 喜んでんじゃねぇか。

 ぐへへ、とか乙女があげていい声じゃねぇよ。


「じ、実は疲れているせいか。

 2杯だけなのにお酒が回って〜、ふわふわとぉー。

 私、空を飛んでいるわー」


 だが、アリスから返ってきた返答はそういうものではない。


 それはそうである。

 酒は酒であり、アルコール以外の毒物など入っていないし入れていない。

 俺はこいつらに魔導機乗りの主人公としてしか興味がない。


「そ、そう……?

 とりあえず魔導機も修理に出てしまったし、今日のところは休むしかないかしら?」


 ぎしっと安いであろうベッドがきしむ音が聞こえる。

 アリスに限らず、クララもセラも声に疲れが出ている。


 そりゃそうだろう。

 ようやくまともな飯も食って、ベッドに寝転べば一瞬で眠りに落ちることだろう。


 そこで酔っ払いアリスが立ち上がるような音がする。


「いえ、ここは先手必勝。

 このままでは私たちが眠りこけている間に3人一緒に美味しく食べられてしまうのは確定。

 ならばここは私からクロさんのところに行って我が身を盾にしてきます!」


 そんな先手必勝はやめなさい。

 あと、俺はお前たち3人をモノにしようという色欲魔確定なんだな?


「それなら私が!」

「いえ、私が……うう……」

「いえ、これは私がなさねばならないこと。

 それに……」


 それからボソボソとなにかを話し合う3人。


 その会話の中には聞き逃せない言葉もあり、それは俺たちの今後を決定づける大きな意味を持つものだった。


 それは俺がゲームのシナリオをことを決めるのに十分な話でもあった。


 さらに話を聞こうと意識を音の方に集中した直後。


 誰かが部屋を飛び出す音がする。

 だだだと廊下を誰かが走ってくる。


「ちょっとお客さん!!

 廊下を走るな」


 そこに偶然、宿屋の親父に出会したらしくさらに怒られている声がする。


「はい、はい……、すみません……」

 アリスの声だ。


「それにそのマクラは部屋のだな?

 困るなぁ、勝手に持ち歩いて」

「これは……その、はい……」


 なんだろう、あのポンコツが勝手にやらかしていることなのに、俺もいたたまれない気持ちになる……これが愛か?


「それを持ってどこに……、あー。

 うん、ああ、わかった。

 音にだけは気をつけてくれよ」


 そう言って、宿屋の親父が階段を降りて行く音。

 宿屋の親父がアリスの態度の何に納得したのか、わかりたくないのにわかってしまう、この哀しさ。


 音ってなにさ?


 それから小さく俺の部屋を誰かがノックする。

「あの〜……、クロさん。

 夜這いに来ました……」


 夜這いとか言ってるじゃねぇか。

 無視しよう、うん、俺はきっと寝てて何も知らない。

 何も聞かなかった!


「クロさぁ〜ん……」

 扉の向こうですすり泣く声。

 怖ぇえよ!


 夜に部屋を誰かが訪ねてきたとして、それが信用する相手でもない限り油断してはいけない。


 これはもしかしたらアリスの高度で柔軟な臨機応変な作戦なのかもしれないのだ。


 つまり、行き当たりばったりじゃねぇか。


 俺はこの徹底したポンコツぶりに騙されるなら仕方がないと諦めた。

 これが宿屋の親父を巻き込んだ高度な騙しならば、俺が警戒したところで無駄だ。


 ここまで完璧にポンコツを演じられるほどの知恵者ならば、俺がどうあってもやり込められてしまうだろう。


 それでもホルスターの銃を意識しつつ、扉を開けると。


 マクラを抱えた涙目のアリスが所在なさげに突っ立ており、俺の姿を確認するなり満面の笑みを浮かべた。


 ……予想通りに、予想の斜め下だった。

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