第2話
「世界を測れるような大きな物差しが欲しい」
今から10年前、僕が20歳の頃だった。三上さんの夢を見た。三上さんは中学の同級生だった。三上さんの夢を見たのは初めての事だった。
その夢の中で僕らは中学生だった。夕方、近所の川の土手に2人で座り、三上さんは川の流れを見ながら「世界を測れるような大きな物差しが欲しい」と呟いていた。
はたしてそれが現実にあった出来事なのか、記憶がさだかではない。
三上さんの事を思い返す。少し風変わりな子だった。不登校気味で、特別仲が良い友達がいたような記憶がない。でもずっと一人ぼっちという訳でもなく、クラスメイトとの会話は普通にするし、僕もその中の一人だった。確か家に招かれ行った事もあった。けれどその時、なにか特別な出来事があった訳でもなく、高校に上がってからは一度も会っていない。思い出したのも今回が初めての事だった。
夢が魚の小骨のように妙に頭に引っ掛かり、彼女の住んでいた家はどこにあったのだろうかと考えてみるが、家の周りの風景は思いだせるのだが、その場所がどこにあったのか、それがどうしても思い出せなかった。
彼女の家、白い漆喰の小さな古い家だった。庭は殺風景で雑草が生えていた。窓にはカーテンも掛かっていなくて、部屋の中が丸見えだった。そんな細かなティティールは記憶に刻まれている、けれどその場所に限って記憶からすっぽりと抜け落ちていた。僕は意地になり、その場所を思い出そうとした。ネットの地図で探してみたが、見つからず、中学からの友達のトオルに電話してみる事にした。
「なんだよ。朝早くに・・・」
数十秒のコールの後、トオルはやっと電話に出た。とても眠そうだ。時計を見るとまだ6時半だった。
「なあ、中学の同級生の三上さんって覚えているか?」
「えっ、何?三上?」トオルは欠伸まじりに言った。
「中学の時のクラスメイトだよ」
「とにかく、順を追って説明してくれよ。こっちはまだ半分寝ているんだ」
「三上さんの夢を見たんだ。それが何故か頭にひっかかって、モヤモヤするんだよ。不登校気味で、ミステリアスというか大人びてる感じの子なんだけど」
「そんな子いたかな」
「そこまで目立つ子じゃないし、俺も今の今まで忘れていたんだけど、夢の中で世界を測れるような大きな物差しが欲しいって言っていて」
「物差し?そんな大きな物差しで何をするつもりなんだよ」トオルは笑いながら言った。
「知らないけど」
「ただの意味のない夢だろ?そういう夢俺も見るよ。今日は銃を持ったミラジョヴォヴィッチに追いかけられる夢を見たよ。だからといって朝早くに友達に電話したりしない」
「俺だってそうだ。けど今回の夢はいつもと性質が違うというか、もしかしたら現実にあった事かもしれないんだ。確か三上さんの家に行った事があったんだけど、その場所がどうしても思いだせないんだ」
「家に行くって事は、かなり仲良かったのか?」
「そんな事ないと思う。顔すら曖昧で思い出せない」
「あ、思い出した・・・」トオルは昨日の夕食を思い出すようにポツリと言った。
「本当か?」
「三上さん・・・。大人びた茶髪の子だろ?」
「髪型までは覚えてないな」
「お前、仲良かったじゃないか。よく喋っていたよ」
「そうなのか?」
「そうだよ。三上さんお前以外と殆ど喋っていなかったし、俺も喋った事ないよ。お前達、変わり者同士で親密な空気感があったよ」
「全然覚えてない。それでさ、三上さんの住所って卒業アルバムに載ってないか?」
「おいおい、訪ねるつもりなのかよ」
「そこまではしないよ。ただモヤモヤするんだ。調べないと気が済まないんだ」
「お前のアルバムは?」
「実家なんだ」
「わかった。少し待ってろ。それにしてもたかだか夢で朝からこんなに騒ぐとは・・・」とトオルはため息混じりに言った。
僕はさっそくトオルに教えてもらった住所をネットで調べてみた。そこはバイパス工事でなくなっていた。
僕はよせばいいのに、地元の図書館まで行き、昔の地図を調べてみる事にした。何故こんなに執着するのだろうか。三上さんの夢を見てからというもの、何かにずっと背中を押されている感覚だった。
図書館で地図を探していると、本棚の隅で一人の女性が本を探している姿が目に入った。白いワンピースにレースの七分袖のカーディガンを羽織り、髪はロングヘアーで、前髪が長く垂れている。肌は白く、唇は椿のように怪しく赤い。
僕の胸は大きく高鳴り、確信した。
僕は女性の側まで行き、勇気をだし「三上さん?」と声をかけた。
彼女は僕の顔を見て、数秒の間の後「稲村君?」と驚き言った。
三上さんだった。
「私の事覚えてくれていたの?」と三上さんは言った。
懐かしい少しかすれたトーンの低い声。緊張からか僕の手の先は震えた。
「あのさ・・・、こんな事言うと気持ち悪いと思われるかもしれないんだけど、昨晩君の夢を見たんだ」
「本当?夢の中の私はどんなだった?」
「中学の時の君だった。ぼやっとしてて、でも三上さんってわかった」
「そっか、少し恥ずかしいな」
「ごめん、気持ち悪いよね。忘れて」
「ううん、私の事覚えてくれていて嬉しいよ。せっかくだから連絡先交換しようよ。また稲村君の夢に出てきたら教えてね」
僕らは連絡先を交換し、その時はそれで終わった。人生の中の不思議なひとつの出来事として終わるはずだった。でもその共時性は更に続き、深い淀みの中へと入っていくのだった。
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