第5話 魂に響いた言葉

「ま~、エエからここ座りや!」



店内は他に客はなく、女の子もまだ来ていなかった。



改めて見ても、醸し出すオーラがヤクザそのものだった。



「ホンマ、びっくりしたで~、ワシにケンカ売るんやからな~!なぁ、マスター!」



二人とも笑っていたけれど、私だけがキョトンとしていた。



「も、もしかして、こないだ僕が絡んだ方ですか?」



マスターとその男は、顔を見合わせて、声を上げて笑っていた。



その男は、あのプロレスの興行の関係者だった。



ズバリその筋の人とは言わなかったけれど、話の流れで大体想像がついた。



シラフだったら、絶対にケンカなんか売らないし、間違いなく道を開けるだろう。



そうこうしてるうちに、なっちゃんが出勤してきた。



「絶坊主ちゃん、あの日大丈夫だった?」



私は格好悪いところを見せてしまった恥ずかしさもあり、そっけない返事をした。



その男の人はМさんという名前で、元プロボクサーだった。



日本ランキング手前まで上り詰めたけれど、怪我で引退したそうだった。



いつもは、なっちゃんと話したいんだけれど、今日は、Мさんの話に引き込まれていた。



その日は客もあまり来ず、私はМさんとばかり話していた。



自分の夢のプロボクサー。



そのプロボクサーだったМさんの話は、いくら聞いても興味が尽きることはなかった。



その日は、あまり客も来ず、なっちゃんもカウンターで私とМさんの話を聞いていた。



「3人で飯でも行くか?」



マスターが夢中で話している私たちに向かって言った。



朝早くからやっている、市場の食堂に行くことになった。



何故か、なっちゃんは帰っていった。



(ふ~ん、帰るんだ。)



私は一瞬、なっちゃんが一緒に来ないことに違和感を覚えた。



でも、それもほんの一瞬だけ。



Мさんの話がもっと聞きたかった。



3人でテーブルに座り、定食を頼んだ。



Мさんは、ボクサーを辞めてから本当に自分は真剣にやっていたのかと疑問を抱いているとのことだった。



後悔ばかりしているんだと私に話してくれた。



「だから、絶坊主ちゃんみたいに、これからプロボクサーになろうと思っている子には、自分のように後悔して欲しくないんだ。」



Мさんの目は真剣だった。



「こんな酒飲んだり、タバコ吸ったりなんか年取ったら嫌っちゅうほどできる。だけど、ボクシングは若い時しかできない。20歳までにプロに、できたら東京で勝負してくれよ!」



Мさんは地方のジムだったので、チャンスになかなか恵まれなかったそうだ。



私はМさんの目に引き込まれていた。



「だから・・・だから、絶坊主ちゃん、ボクシングやれよ!」



なんか心の芯にズシンときた。



「絶坊主ちゃん、ボクシングやれよっ!!」



繰り返して言ったМさんの言葉。



言葉に魂を感じ、響きすぎるくらい私の心に響いた。



「俺のように後悔してほしくないんだよ!」



なんか・・・なんか、こんなに真剣に他人に言われたのは初めてだった。



酔いのせいもあり、涙が滲んできた。



「絶坊主ちゃん・・・」



それまで、黙って聞いていたマスターが口を開いた。



「絶坊主ちゃん・・・言いにくいんだけど・・・。」



感激していた私に向かって、マスターが言った言葉に私は驚くことになる。

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