後編

「親父、ちょっといいか?」


2014年の7月から帰ってきた僕は、居間でテレビを見ながらビールを飲んでいた父親に言った。


「なんだソウマ、まだ起きてたのか。どうした?」


ソウマは父親が座っている椅子から机を挟んで対面にある椅子に座ると、神妙な面持ちで父親に向けてこう言った。


「・・・1982年6月8日、1991年6月15日」


父親は言葉こそ発しなかったが、ソウマにとってはその表情だけで十分だった。


「やっぱり、親父だったのか」


「どうして・・・、なんでお前が知ってるんだ。あれは俺以外誰も、母さんすら知らないはずだぞ・・・」




母に頼まれアルバムを戸棚にしまっていたあの日、一枚の写真がソウマの目に入った。


「ああ、この写真ね。懐かしいわねー。覚えてる?この時あなた迷子になっちゃって、お父さんと手分けしてソウマの事ずっと探したのよ」


そう言われればそんなことがあった気もするが、なんせ昔の事すぎて全くと言っていいほど当時のことを覚えてはいなかった。


当時のことは覚えていなかったけれど、その場所だけは僕の脳裏にしっかりと焼き付いていた。


そこは、僕が4回目に殺されたあの湖だった。


「ねぇ母さん、さっきの湖の写真っていつの写真だかわかる?」


僕がそう尋ねると母親は、「う~ん・・・、あ、もしかしたら写真の裏に日付が書いてあるかも」と言った。

僕はしまったばかりのアルバムを急いで戸棚から出すと、その写真をアルバムから取り出した。


そして、写真の裏に書かれて日付を見て驚愕した。


【1982年6月8日】


それは、僕が4回目に殺された日と全く同じ日だった。


それでも僕は、ただの偶然に過ぎないと信じていた。

だが、翌日祖母の家へ行き、僕の祖父と曾祖父の若い頃の写真を見て、疑惑は確信に変わった。


1回目と2回目の犯人の顔を、僕はしっかりと覚えていた。

1回目の僕を殺したのは曾祖父、2回目の僕を殺したのは祖父だった。


父親が4回目の僕を殺したあの日、僕は迷子になどなっていなかった。

父親とかくれんぼをしていた僕は、湖のすぐそばにあった小屋にずっと隠れていた。


しかし、そんな事も知らず父親から、「ソウマがいなくなった」と言われた母親はその言葉を信じ、二人は手分けして僕を探した。

そして、一人になった父は僕と彼女に睡眠薬の入ったお茶を飲ませ、湖に沈めて殺した。


この夢か幻か分からない奇妙な出来事には、きっと意味があると思っていた。

だが、まさか自分の父親や先祖が人殺しだという事を知ることになるとは。


でも、これだけじゃ終わらない事をソウマは自分の目でしっかりと見ていた。




「おい、ソウマ!落ち着いてくれ!頼むから包丁を降ろしてくれ!」


僕は台所にあった包丁を握りしめたが、それを向ける相手は父親ではなかった。


「この通りだ!俺が馬鹿だった。だから、そんな真似はよしてくれ!」


そう言いながら、父親は僕に土下座した。


「やるなら俺を殺してくれ。お前が死ぬ必要は無いだろ。お願いだから、殺すなら俺を殺してくれ!」


父親は必死にそう叫んだが、その言葉はソウマの耳には届いていなかった。


6回目に殺されたあの日、僕は見てしまった。

僕を殺したあいつに抵抗している際、あいつの右腕に僕と同じ火傷の跡があることを。


理由は分からない。

それでも19年後、僕は自分の息子をこの手で殺す。

それだけは確かだ。


だから、息子を守るためには、こうするしかないんだ。


僕は握りしめていた包丁を自分の首に思い切り突き刺した。


そういえば、5つの殺人事件と同時期に起こった重大な出来事を調べていたけど、恐らくそこには何の関連性も無いのだろう。

少しでも世間の目をこちらに向けにようにする、どうせそれくらいの意味しかなかったはずだ。


「辞めろ!ソウマ!」


父親の声が聞こえた気がしたけれど、意識はとうに薄れていた。




この夢か幻か分からない奇妙な出来事には、きっと意味があると思っていた。


そしてそれは、確かに意味のあるものだった。


それは、将来の息子を守ることではない。

仮に僕が息子を殺さなかったとしても、僕は代わりの誰かを殺すだろう。

そしてその息子も、いずれは僕や父親達のような人殺しになるのだろう。


だから、この悪魔の血筋を僕の手で終わらせる。

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No.3【ショートショート】記憶 鉄生 裕 @yu_tetuki

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