No.3【ショートショート】記憶
鉄生 裕
前編
これは夢なのか、それとも現実なのか。
そんな事はもうどうでもよかった。
けれど、これでもう5回目だ。
流石に5回目ともなれば、これには何か意味があるのだとそう思うほかなかった。
1回目は1923年9月2日、関東大震災の翌日だった。
甚大な被害を受けた東京の夜を一人歩いていた僕は、鉄パイプを持った男に何度も頭を殴られ殺された。
あの時の僕は、おそらく30代前後の男性だった。
2回目は1949年7月22日、今でいう国鉄三大ミステリー事件に世間が翻弄されている渦中で起こった出来事だ。
一人で家にいた僕は、突然家に押し入ってきた男に包丁で首を刺されて殺された。
あの時の僕は、今の僕と同じ年ほどの女性だった。
3回目は1963年3月31日、かの有名な誘拐殺人事件が発生したのと同じ日だ。
両親と三人で寝室で就寝していたところを家に侵入した男に手足を拘束され、家に火を付けられ家族全員が殺された。
あの時の僕は、とても幼い少女だった。
4回目は1982年6月8日、日本のみならず世界中が注目する大規模汚職事件の判決を人々が今か今かと待ちわびていた日の事だった。
近所の湖に彼女と遊びに来ていた僕は、同じく遊びに来ていたという男性から貰ったお茶を飲み気を失った。そして自分は殺されたのだという自覚すらないまま死んだ。
あの時の僕は、今の僕よりも少しだけ若い男性だったはずだ。
そして、5回目の今日は1991年の6月15日。
IOCが7年後の冬季オリンピックの開催地を長野市に決定したことを発表し、日本中が歓喜した。
今日、僕は殺される。
そしてそれは、今までもそうだったように、どうあがいても防ぐことはできない。
僕は“今から殺される誰か”の意識に入り込み、その“誰か”が殺されるまでを追体験することしかできないのだ。
今日の僕は、本当の僕より30歳ほど年をとっていた。
死因は撲殺だった。
そして僕がいつも通り殺され意識を失ったところで、本当の僕は目を覚ました。
2回目~5回目の事件は当時の新聞にも載っていたが、未だに犯人は捕まっておらず、それどころか犯人の目星すらついていなかった。
ましてや1回目については、そんな事件があった事すら誰も知らない状況であった。
1回目と2回目の事件については、犯人の顔をこの目でしっかりと見た。
しかし、その男が一体何者なのかを調べる術が無かった。
そして3回目~5回目の事件については、犯人は覆面を被っていたために顔を確認することが出来なかった。
それでも、僕はこの5つの殺人事件と、同時期に起こった日本中を震撼させた重大な出来事の関連性がないかを事細かに調べていた。
その日、2階の自室で過去の事件を調べていると、「ソウマ、ちょっと手伝ってー」と誰かが僕を呼ぶ声が聞こえた。
1階へ降りると、母親が何冊もある分厚いアルバムを戸棚にしまおうとしていた。
「ごめんソウマ、アルバム整理しようと思ったんだけど背が届かなくて。悪いんだけどこれ全部、戸棚の上にしまってくれる?」
「別にいいけど」
「悪いわね。あ、ほらこれ見て、ソウマがまだ3歳の時の写真よ。これは5歳の時ね。たしかこの写真を撮った翌日に、天ぷら油で右腕を火傷しちゃったのよね。あの時は本当にびっくりしたけど、火傷の跡もほとんど消えてよかったわ」
母親はそう言いながら、まだ少しだけ火傷の跡が残る僕の右腕をさすった。
「わかったから、そんなんじゃいつまで経っても片づけられないよ」
母親は、「そうよね、ごめんなさい」と言いつつ、ソウマがアルバムを片付けている傍らで昔の写真を見ながら当時を懐かしんでいた。
「ソウマ?どうしたの?」
「・・・いや、別に何でもないよ」
「ああ、この写真ね。懐かしいわねー。覚えてる?この時あなた迷子になっちゃって、お父さんと手分けしてソウマの事ずっと探したのよ」
「・・・覚えてないかな」
「そりゃそうよね。だって、ソウマがまだ小学校に入るより前の話だもんね」
「そうなんだ。・・・ほら、早く貸してよ。そのアルバムで最後なんだから」
そう言うと、ソウマは最後のアルバムを戸棚の上にしまった。
それから2週間が過ぎた。
“クソッ、まだ続くのかよ。・・・それで、今日は一体いつなんだ?”
ソウマは何か日付がわかるものがないか、《今から殺される誰か》の視界を通して必死に探した。
“・・・おいおい、マジかよ。さすがにこりゃ、冗談だろ”
偶然目に入ったカレンダーを見て、ソウマは驚いた。
今までがずっと過去の事件だったから、今回もてっきりそうだと思い込んでいた。
まさか、とうとう未来に来てしまうなんて思いもしなかった。
本当のソウマは1995年の夏にいる。
だが今の僕がいるのは、どうやら2014年の7月らしい。
つまり、この夢か幻か分からない世界は、ソウマにとっては19年後の世界になるのだ。
時刻は16時を過ぎたころ。
学生服を着ている事や背の高さなどから考えて、今の僕はおそらく中学生あたりだろう。
そして、家には僕一人か。
僕は1階のリビングでテレビゲームをしていた。
すると、2階から誰かが階段を下りてくる音が聞こえた。
「・・・お父さん?」
そいつは覆面を被っていて顔が見えなかったが、僕は確かにそいつに向かってそう言った。
するとそいつは、手に持って斧で突然僕に襲い掛かってきた。
「やめて!お父さん!・・・お願いだから、やめてよ!」
僕はそいつに何度もそう言いながら、必死に抵抗した。
けれど、手や足を斧で勢いよく何度も切り付けられた僕は、最後に腹を一突きされ殺された。
結局、今回もそいつの顔を見ることはできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます