第75話 意外な質問

 遠くから、透子と荒田の様子を見ていた颯天はやて季代きよだったが、その雰囲気に飲まれ、このまま引き返そうとしていた時だった。


 予想外の季代からの質問に驚いた颯天。


「初めてお会いした方に、こんな事をお願いするのは恐縮なんですが……もしも、お時間許しましたら、宇佐田さんのお友達の矢野川さんについて、少しお伺いしたい事が有るのです」


「あっ、はい、矢野川ですか? 何か……?」


「私の背負い投げをかわした初めての男性なので、とても気になるのです」


 (気になるというのは、ただ単にどういう人なのか気になるだけなのか? それとも、恋愛対象として気になるのか? それを先輩相手に尋ねるのは失礼かな……?)


「えーと、それは、矢野川がどういう人間かについて尋ねられていますか?」


 季代の様子から後者の可能性も有ると思いつつ、失礼にならないよう、前者の可能性から尋ねた颯天。


「いえ、矢野川さんに交際されている方がいるかどうかです。両親は、自身より強い男性を私の相手に選ぶよう所望しております。それに、芹田先生の授業で、言霊の大切さを習いました。矢野川さんとは、苗字が三文字の漢字で、私と同様に真ん中に野が入っていますし、それ以外の音も同じア行ですし、私の苗字が変わっても、あまり違和感無いと思ったので……」


(そこまで単刀直入に……! まるで、浅谷さんみたいに、自分と相手の苗字のバランスまで語り出して……って事は、輪野田さん、雅人を結婚相手に望んでいるという事なのか?)


「それは……え~と、今までは、交際相手はいなかったのですが……」


(幕井さんとのカムフラージュ交際の件はどう話したらいいのだろう……? 透子さんと同期だとすると、透子さん経由で、いつかカムフラージュの件も耳に入るかも知れないし……)


 颯天の返事を待っている季代。


「僕達の同期で、思い込みが激しくて、しつこく矢野川にアプローチする研修生の女性がいて、その対策のような感じで、別の同期研修生と交際し始めたようなんです」


(輪野田さん相手に、この場を適当に誤魔化しても、後からバレた時の事を考えたら、最初っからホントの事を伝えておいた方が良いのかも知れない)


「対策で……? 偽の交際をしているという事ですか?」


「そんな感じです。なので、見た感じ、矢野川自身は、その女性に協力してもらっている程度の感情しか無さそうです」


「そうなんですか?」


 嬉しそうに頬を赤らめた季代。


(輪野田さん、顔を真っ赤にしている。なんか意外だな……浅谷さんといい、輪野田さんといい、女一人でも生きて行けそうなバリバリ有能タイプなのに、どうして、雅人ばかり好きになるんだろう? そりゃあ、雅人は何やっても優秀だし、見た目も悪くは無いけど。まだ貫禄に欠けているというか、僕としては、やっぱりヒーロー気質が備わっている荒田さん推しだな!)


 季代の態度を見ながら、理解出来ない様子の颯天。


「あと、もう1つ、いいですか? 矢野川さんのお好きなタイプって、どんな女性か分かりますか?」


「矢野川の好みは、中等部の時から、ずっと淡島さんって言っていました」


「淡島さん……ですか?」


 自身とタイプが違い過ぎると思い、一気にガッカリしたような様子を見せた季代。


「あっ、でも、淡島さんは荒田さんと交際し出したようですし、それに、何となく……今、カムフラージュ交際中の研修生は、淡島さんとは同じような路線の女性ですが、それほど興味示している様子が無いので、もしかしたら、違っているのかも知れないです」


 残念そうな季代を慰めるつもりも有ったが、それ以外にも雅人の態度に違和感が有った颯天。


「宇佐田さんは、とても親切な方ですね。初対面の私に、そのように気を遣って下さって」


 季代の言葉に、照れるように頭を掻いた颯天。


「そんな、多分、輪野田さんが、そういう雰囲気の良い方なので、僕も合わせているような感じだと思います」


「こんな感じの良い男性が、、いえ、新見さんの龍体時のパートナーで安心しました。新見さんは、これまでずっと報われないまま努力を重ねていたので、いつか大きく開花して欲しいと願っていたんです。だから、今回の龍体への変身が、自分の事よりも嬉しく感じられました!」


 潤ませている季代の瞳で、本心から透子の変身を喜んでいるのが颯天にも伝わった。


「分かります! 僕も同じ気持ちです! 自分も同時に覚醒しましたが、新見さんの事も自分の事のように嬉しいんです!」


 季代と共感出来た事が嬉しくて、つい声を大にして話した颯天。


「宇佐田さんには、これから、新見さんと協力しながら活躍される事を期待しています! 初対面で、とんだ粗相をしてしまい、申し訳ありませんでしたが、お会いできて嬉しかったです」


「こちらの方こそ、輪野田さんのような方に、直々じきじきにお手合わせして頂いて、こうしてお話出来て嬉しかったです! あの、頑張って下さい、お仕事も恋愛も!」


「ありがとうございます」


 女子寮と男子寮の境界線の位置まで着き、深々とお辞儀をして来た季代に合わせ、颯天も同じくらい腰を曲げてお辞儀した。

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