第73話 再アプローチ

 「透子、探していたんだ!」


 芹田との話し合いの後、眺望の良い屋上に上り、ふと目に入ったシニア施設を見ながら、数日前の雅人との間に起きた出来事の余韻に浸っていた透子。


 そんな時に、透子を見付け近付いて来た荒田。


「荒田さん……」


 まさか荒田が、自分を探して現れるとは思いもしなかった透子は、驚きの眼差しを向けた。


「やっぱり、ここだったのか? 透子は、何か有ると、ここに来る事が多いから、もしかしたらと思ったんだ」


「どうして?」


 今さら荒田が、自分に用事が有るとは思えずにいた透子。


「驚いたよ、透子! 黒龍に変身出来たんだってな! おめでとう!」


 周囲に置いてきぼりをくらっていた未覚醒者であった透子が、よりによって黒龍だった事が意外そうな口調の荒田。

 それゆえに、荒田が自分を探していたと察した透子。


「ありがとう……ございます」


 交際時とは違い、一上司を相手にしているような距離感を心がけようとした。


「透子はずっと頑張っていたから、当然といえば当然の結果だな! という事で……透子には、このままAグループにいてもらって、龍体となってからも力を合わせてやっていきたい。黒龍とペアの白龍の奴、え~と、宇佐田だったっけ? そいつも、この際だから、一緒に面倒見てやろう」


「はい!」


 調子の良いような荒田の発言だったが、左遷を免れ、颯天も共にAグループに配属されると知り、喜びで満たされた透子。


「それでだが、透子……お前の性格上、自分の方からは言いにくいと思ってな……」


 そう言いつつ、荒田もまた、発言し難そうな様子だった。


「どういった事ですか?」


 透子の方は、特に荒田に対する要望などは無かった。

 

「……その、つまりだな、え~と……俺とまたやり直さないか?」


「えっ……!?」


 思いがけない荒田の申し出に、驚かずにいられない透子。


「それは、ムリです! 第一、荒田さんは淡島さんと婚約されたのでは?」


「花蓮は聞き分けの良い女だからな。未覚醒のままの自分と、黒龍になった透子と比べたら、いさぎよく身を引いて当然だろう!」


 人を見下した自己中心的な荒田の発言に、にわかに嫌悪感を覚えた透子。


「淡島さんが、身を引く必要は無いです! 私は、荒田さんと元のさやに収まるつもりなんて全く無いですから! 私は、宇佐田君と一緒にBグループに移してもらいたいです!」


 これ以上、荒田に振り回される事は望まず、キッパリと言い切った透子。


「なんだと! Bグループにだって? さては、目白との噂は本当だったのか?」


 透子がキBグループへの転属を望んだ事で、逆上した荒田。

 Bグループのリーダーは、以前から透子への想いが周知になっていた目白だった。


「違います! 目白さんとは、何でも無いです! ただ、Aグループにいて、あなたの偏見に振り回されたくないだけです」


「目白が関係無いのだとしたら、やはり、矢野川か! 二人揃って遅刻するとか、ヌケた真似しやがって! シニア施設で、あいつと何か有ったのか?」


 雅人の名前を出され、うろたえた様子の透子。


「それは……ただ停電のせいで、2人ともアラームが鳴らずに遅刻しただけです!」


 先刻、芹田がかばってくれていた言葉をそのまま使用した。


「どうだか怪しいな! 念の為、さっき、監視カメラの映像をチェックしたが、矢野川が女性用の休憩室のドアをノックしていた。その後は、停電で監視カメラも止まっていたが、あの時に何か有ったんだな!」


 既に、荒田が監視カメラの映像まで調べていた事に驚いた透子。


「何も無かったです! 第一、矢野川君には、同期訓練生のとても可愛らしい彼女がいますから……」


 寧子と仲良く現れた雅人を思い出し、弁明した透子。


「彼女だって? ああ、幕井とかいう青龍だったな。確かに、あの子も華が有るし。それなら、その彼女とやらも、矢野川と一緒になるようにAグループに入れてもいいんだな、透子?」


「どうぞ、そうして差し上げて下さい!」


「……だとしたら、もしや、その白龍に変身した出来損ない研修生の宇佐田とかいう奴が、お前の交際相手なのか?」


 今度は、颯天を疑って来た荒田。


「そんな言い方は、止めて下さい! 宇佐田君は、今まで出会った人の中で一番良い人です! 仕事上のパートナーとはいえ、彼のような人が相手で良かったわ!」


「そうか、それは良かったな! だが、そいつが本来の白龍の能力を使いこなせるかどうかは別だ! ただの宝の持ち腐れで終わる可能性だって有るのだからな!」


 透子の颯天への賛辞に対し、明らかに嫉妬を抱きながら、捨て台詞のように荒田が吐いた。


「宇佐田君に限って、そんな事は有りません! 彼は、とても努力家で優しくて素晴らしい人なんです!」


 という言葉を加えたかったが、そこまでは上司相手に言えなかった透子。


 そんな2人の言い争いを遠目から見ていた人物が2人いた。

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