第70話 今までに無い感覚

 雅人は、それまでそうしていたように無反応でいる事や、さり気なく話題を変える事も出来たが、この話題に関しては、敢えて口を挟まずにいられなくなっていた。


「こちらに配属されてまだ日が浅い自分などが言うのもおこがましいですが……新見さんは、このシニア施設でも信頼されている様子が伺えますし、他のグループも含め誰よりも気配りも出来て、とても有能な人材のはずです! そんな人を切り捨てようとするのは有り得ないです!」


 思いの外、感情的になっている自身に、発言の途中で気付いた雅人。


「あっ、ありがとう。全く戦力になっていない役立たずの私なのに、それでも認めてくれて。矢野川君って、自分以外の事は構わない人なんだと思っていたけど、そんな風に庇ってくれるなんて、意外だった……やっぱり、宇佐田君の友達ね。似ているところも有って」


 今まで社交辞令程度にしか言葉を返して来なかった雅人から、急に熱量を感じさせる意見を向けられ、戸惑った透子。。


「いえ、似てません! あいつは、自分と違って裏表が無くて、根っからのお人好しですから!」


 颯天はやてに似ていると言われ、認める事が出来なかった雅人。


「本当に、宇佐田君は優しい人ね……まだ知り合ってそんなに経ってないのに、私、随分と励まされているの。さっきだって……たまたま、バッタリ会った時、左遷が決まった私に、記憶を消されても、宇佐田君が思い出させてくれるって……すごく嬉しかった」


 その時の様子を思い出しただけで、涙腺が緩んで来る透子。


「あの、新見さん……自分が言っても、二番煎じにしかならないですが、自分も、例えば、宇佐田が知らないAグループ内での事とか、自分の知り得た範囲内で、お手伝いします!」


「矢野川君、ありがとう! 私には、そんな風に支えてくれる人が2人もいてくれるなら、お陰様で左遷も怖くなくなったわ! それより、今は、ちゃんと仕事しないとね!」


 潤んだ瞳を手の甲で拭いながら、雅人を見上げ笑った透子。


 その瞬間、


(また……)


 何かいつもと違う感覚が、同時に伝わって来るのを感じた二人。


 マニュアルを手にして歩きながら、透子が館内の説明や、点検項目をかいつまんで説明すると、欠かさずメモした雅人。


「真剣に聞いてメモしてくれるのは有り難いけど、私と違って、この研修以外、シニア施設を矢野川君が訪れる事は無いと思うの。だから、そんなに気合い入れる必要無くて、聞き流す程度で十分よ」


「今のまま順調にいられるとそうかも知れないですが……自分は、まだ試行錯誤中で、暴走する事も有るので、隊員として機能出来ている寿命は、他の仲間達より短めかも知れないという覚悟はしておかないと」


「暴走……?」


 透子から見た雅人は、新人ながら群を抜いた戦闘力で、周囲からも期待を集めているようにしか映っていなかった。

 あの天下無敵と言われている荒田ですら、いつか自分の地位を揺るがされる恐れのある人物として、雅人を目の上のたんこぶのように扱っていたのだ。


「自分でも制御不能で、持て余している能力が有るので、かなり面倒なんです。なんか、先輩相手に愚痴ってしまって、スミマセン」


「順風満帆のように見えても、矢野川君にも色々有るのね。施設内は、これで一通りチェックが終わったから、後は、監視室の人達に任せて、休憩しましょう」


 仮眠ベッドも置かれた休憩室へのドアが、男女別に隣り合っていた。


「この部屋にも監視カメラって有るんですか?」


「いえ、監視カメラが有るのは、利用者さんの部屋と廊下だけだから、安心していいわ。休憩室にはシャワーも有るから、着替え中に監視カメラが有ったら困るものね」


「シャワーまで設置されているんですか? 良かった! 使わせてもらいます」


 職務後すぐに緊急体制となり、大浴場にも行けず我慢していたところへ、シャワーが用意されているだけでも救われた雅人。


「バスローブや浴衣も有るから、カプセルベッドで待機している他の隊員達より、むしろラッキーね! 今のところ、接近中の飛行物体についての情報も回って来ないから、明日は、日勤のつもりで8時に現場集合でお願いします。お疲れ様でした」


 先に着いた女性用休憩室のドアの前で、頭を下げた透子。

 雅人も、女性用休憩室の前で足を止めて、頭を下げてから、男性用休憩室に向かった。


「お疲れ様でした、ありがとうございました。あっ、新見さん」


「はい……?」


 このまま別々の休憩室に入るのが、名残惜しく感じられていた透子は、雅人に呼び止められた事で、淡い期待を抱いた。


「いえ、何でも無いです。おやすみなさい」


 あっさりと前言撤回した雅人により、期待をしていた自分が恥ずかしくなった透子。


「寮と違って、あまり眠れないかも知れないけど、リラックスしてね。おやすみなさい」


 別々の休憩室のドアが、ほぼ同時に開いて閉じられた。


 室内の照明が自動的に点灯すると、忘れないうちにアラームを6時にセットした透子。

 眠れそうな時間は、4時間ほどしかなかった。

 そそくさとシャワーを浴び、備え付けのバスローブを使用した。

 

 その時、シャワー室の隅から移動し出した黒い生き物を動体視力の鋭い透子は見逃さなかった。


「イヤ~!!」


 防音設備までは整っていない休憩室での透子の絶叫は、当然、隣の部屋の雅人にも届いていた。 

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