第69話 シニア施設にて

 一部だけ半円状になった部分が有るが、それ以外はフラットな白い大型施設に到着した透子と雅人。

 入口付近で、周囲を見回してから、雅人に説明をした透子。


「シニア施設に入る時には、虹彩認証が基本ですが、矢野川君は部外者なので、このカードキーを使用して、暗証番号を入力します……」


 という言葉の話し方に戸惑いが見られた透子。


「暗証番号は何ですか?」


「……あっ、それが……ちょっと、ごめんなさい」


 カードキーを雅人に手渡し、少しの間、躊躇ためらっていたが意を決して、雅人の上衣の内側に右手を入れた透子。

 

「あの、新見さん……?」


 唐突な透子の行動に、戸惑いを隠せない雅人。


「驚かせてごめんなさい。こんなやり方なんだから驚いて当然よね……私も、初めて、この施設に来た時に、こんな風にされて驚いたわ! 相手が女性の先輩だったから、まだ良かったけど。ここには、監視カメラが各方向に沢山有るから、こうしないと情報が外部に漏れてしまうの。暗証番号は、今、背中に書くから、読み取って入力して」


「そういう事だったんですね。了解しました」


 透子が、数字を一つずつタイミングを開けて、ゆっくりと大きく雅人の背中に書いた。


「今ので、4桁だけど、分かった?」


「なんとなく分かりましたが、念の為、もう一度、お願いします」


 雅人の言葉に意外そうな、透子。


「優秀だって聞いていたから、矢野川君は、一発で分かるかと思ったわ」


「背中に書かれるのは、慣れてませんし、緊張していて……」


 噂に聞いていた雅人のイメージとのズレを感じる透子。


「緊張……? そういうのって、しないようなイメージなのに……むしろ、

私の方が慣れて無いから緊張していて、分かり難かったのかも知れないわね」


 二度目は、一度目ほどは躊躇わずに、雅人の背中に数字を書けた透子。


「いえ、新見さんのせいではないです。なぜか、自分はそんな風に、周りから勝手に期待や誤解を抱かれやすいだけです」


 独り言のようにボソッと呟いた雅人。


「ごめんなさい! 私も、勝手にそういう印象を押し付けてしまって……」


「自分こそ、不平を漏らすつもりではなかったのですが、先輩相手にすみません」


 謝りながら透子の方に振り向いた雅人は、不意に目が合ってしまっていた。

 その瞬間、今まで経験した事の無い衝撃的な感覚が、透子の中で走った。

 自身だけに起きていたなら気のせいだったと思えたが、雅人もまた今までになく動揺した表情をしている事に気付いた透子。


「あのね、矢野川君、変な事を聞くけど……私達って、どこかで逢った事が有る?」


「……新見さんに、逆ナンパなんて似合わないですよ」


 透子の質問を軽視し、笑ってはぐらかした雅人。


「逆ナンパって……そんなつもりじゃなくて……」


 雅人にからかわれ、失言だったと赤面した透子。


「冗談です、すみません」


「私は、真剣に訊いたつもりだったのに……」


 不愉快そうな透子に気付き、笑うのを止めた雅人。


「地球防衛隊に来る前にという事でしたら、会った事ないですよ。自慢じゃないですが、記憶力だけはいいので」


「そう……」


 雅人に素っ気なくかわされ、先刻感じた感覚については忘れようとした透子。

 

 暗証番号を入力し、難無く施設内に入る事が出来た2人。

 


「新見さん、ここの施設の人々と写っている写真が多いですね」


 壁に貼られたシニア施設のイベントの写真を眺めていた雅人は、施設内のスタッフや利用者達と仲良く写っている透子に気付いた。


「イベントの時には、淡島さんの当番でも、私が呼ばれやすいのよ」


「親しみを感じているんだと思います」


「矢野川君も知っていると思うけど、私はじきにAグループから外されて地球防衛隊本部に配属される事になるし、ここに入れられるのも遠くない未来かも知れないって、スタッフさんも、利用者さんも何となく分かっているのかも……」


 雅人の言葉に対し、うつろな表情で答えた透子。

 そんな透子を励ましたい気持ちは有るが、それは颯天の役割だと言い聞かせ、口出しをしなかった雅人。


「そういえば、シニア施設っていうわりには、ここの利用者さん達は、思ったより年配者ではないんですね」


 写真を見ながら、違和感を感じずにいられない雅人。


「そうなの、シニア施設なんていうと聴こえはいいけど、実は、地球防衛隊本部に左遷組の記憶操作などの段階の時点で、正気を失ったり、エイリアン達との戦いで負傷して生活能力を失った人々もいるから……」


「地球防衛隊本部に左遷された人達だけじゃなく、記憶を消された人達や大和隊員達の負傷者達も、ここで生活しているんですか?」


 シニア施設に、老人だけでなく、色んな事情の関係者達が入居している事が意外だった雅人。


「生活というより、どちらかというと、されているっていう言葉の方がピッタリかも……ここの任務は、矢野川君のようなエリート隊員には無縁な雑用だし、利用者の立場になる事なんてまず無いかも知れないけど、私には、むしろ戦闘の職場より参考になる感じ……」


 sup遺伝子が覚醒しないまま、遠くない未来、自身も利用者側の立場になるかも知れない事を憂慮する透子。

 再び、透子の気落ちするような話題になったところで、自分の出る幕ではないと思いつつも、スルー出来ない心境の雅人。

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