第68話 指名されて

 颯天はやてより前に、芹田に質問し激励されていた透子は、その内容を噛み締めながら、屋上まで階段をひたすら上った。

 そこからは、敷地内がよく見渡せる。

 シニア施設の方向に視線を向けながら、つい2日前の夜を回想した。



 Aグループからの離職が決定され、失意のままトレーニングに向かった透子を受け止めてくれた颯天。

 颯天の献身的な様子や告白に対し安堵感を覚え、その余韻に浸りながら部屋へ戻ろうとした時だった。


 レーダーが大気圏内に接近中の未確認物体複数を捉え、アラートが大きく響き渡った。

 大和隊及び大和撫子隊員は皆、非常用宿泊施設に待機する事になった。


 全隊員達の指揮権はAグループ隊長の荒田に有り、各隊員達は速やかに指示を仰いでいた。

 

「荒田隊長、こんな時に何ですが……シニア施設からの連絡です。深夜番の常勤が一人、体調を崩していまして、施設に大至急、隊員を一人回して欲しいとの事です」


 大和隊の隊員一人が荒田に近付き、言い難そうに伝えた。


「シニア施設で欠員か……担当は、淡島と新見だったな」


 2人は共にsup遺伝子未覚醒だったが、幸い、癒し遺伝子といわれるrup遺伝子所持者という事で、シニア施設からは重宝される存在だった。


「前回は、新見だったから、今回は、淡島か……」


 当番表をチェックしながら荒田が花蓮の方に視線を向けると、花蓮は首を横に振り拒否する仕草を見せた。


「当番表通りなら淡島の順番だが……新見の方が、断然シニア施設受けが良いし、イレギュラーな時間という事も有り、今回は慣れている新見の方が適役だろう! そうだ、新人研修に丁度良い機会だから、矢野川も連れて行け!」


 私情を優先し、取って付けたような理由で、花蓮の我儘わがままを許した荒田に呆れた透子だったが、沢山の隊員達の前では、それを顔に出さず、すんなりと従った。


「了解しました! 矢野川君、筆記用具を持参し、同行して下さい」


「はい! 新見さん、よろしくお願いします!」


 内心は、自分が指名された事に対する憤怒が募っていたが、雅人の前でも、それを出さないようにした透子。


「矢野川君も、とんだとばっちりね。その上、残念だったわね、相手が淡島さんじゃなくて」


 以前の颯天と千加子のやり取りで、花蓮が話題に上がっていたのを思い出し、雅人とシニア施設に向かっている途中、周囲を見回してから透子から話しかけた。


「颯天、いや、宇佐田から聞いてましたか? 正直、自分は、淡島さんじゃなくて良かったですよ」


「そうなの? ずっと、淡島さんのファンって聞いていたから……」


 取り繕っているようには見えない雅人の言葉に、疑問を感じた透子。


「平和主義者なので、そう言っていただけです」


 颯天との争いを避けたいと言っているように聴こえて来る雅人の言葉に、思わず赤面した透子。

 次の瞬間には、自分が勘違いしているだけかも知れない可能性に気付き、自意識過剰だったと恥じた。


「矢野川君、そういう発言って、相手の誤解を招きやすいから気を付けた方がいいと思うわ。それでなくても、訓練生女子からのアプローチがきつそうなんだから」


「そうですね、気を付けます」


 素直に受け入れつつも、他人事のように軽い対応の雅人。

 

「矢野川君って、宇佐田君と友達同士でも、随分違うのね……」


「よく言われます。宇佐田は、自分と違って、熱い性格しているので。ですが、宇佐田は、本当に太鼓判が押せるほどいい奴なので、よろしくお願いします!」


「よろしく……って、言われても、別にそんな……まだ何回か逢っただけで、私、宇佐田君とは、そういうような関係では……」


 颯天を推してくる雅人に、先刻の颯天からの告白を思い出し、赤面しながら戸惑う透子。


「すいません。新見さんを困らせるつもりは無かったです」


「私こそ、先輩なのに、一人で取り乱してごめんなさい……」


 二人で謝罪した後は、しばらく沈黙のまま歩いていたが、先刻から気になっていた事を透子の方から尋ねた。


「さっきから、矢野川君は、ずっと、私と目を合わせようとしないのね。私って、そんなに苦手なタイプ?」


「違います! むしろ逆です! ただ、自分は、ゴルゴン姉妹のような特性なので」


 雅人が慌てて弁解した。


「ゴルゴン姉妹? あっ、ギリシア神話のメデューサね。確かに、目を合わせた途端、石にされるのは困るわ!」


「それだけでも厄介ですが、自分には他にも難が有るので……」


 雅人の発言の意味を把握し切れなかった透子だが、そこに踏み入ってはいけないような予感がし、それ以上は追究しなかった。

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