第65話 芹田からの激励と颯天の誤解

 透子の後を離れた位置から尾行した颯天。


(尾行しているのを透子さんや芹田先生に知られたくないし……距離を保って、二人の成り行きが見えるくらいの位置にいないと)


 約20メートル毎に設置されている防犯カメラも気になる颯天は、不自然な様子を感じ取られないように歩いた。



「芹田先生! 待って下さい」


 今度は鼻歌でアムール川の流れを歌っていた芹田に、やっと追い付いた透子。

 颯天は、遠目で二人の様子を追っていた。


(二人が何を話すのか、すごく気になるところだけど、気付かれないようにしないと!)


「おっ、新見君か。何だね?」


 透子の姿を認めるなり、鼻歌を止め、ニッコリと微笑んだ芹田。


「お話ししたい事が有ります!」


 周囲に人がいないのを確認し、話を進めようとする透子。


「おやおや、わしなんかではなく、せっかくなのだから若い者は若い者同士で話すとよかろう」


「いえ、私は芹田先生と話したいので。さっきは、かばっていただいて、ありがとうございます」


「わしは、単に事実を述べたまでだよ。新見君に、そんな風に改まってお礼されるような事をしたわけではない」


 透子が、お礼だけの為に追って来たとは思い難かった芹田。


「それと……まだ、お話が有ります」


「ほう、アムール川の波の件かね?」


 やっと本題に入ったかと、にんまりした芹田。


(なんか、芹田先生、ニヤけているし、怪しい感じだな! 芹田先生も透子さんを特別視している感じだし……あれは、同じ黒龍である事を超えた感情かも知れない!)


 遠くから、二人の成り行きが気になって仕方ない颯天。


「さっきは、どうして、あのようにむきになって歌ったのですか?」


「言った通りじゃよ。わしは、黒龍であり、この歌が好きだからじゃ」


 それは、透子も先刻聞いた通りだった。


「ですが、何か他にも含んでいそうに感じられました……」


「そうじゃな……まあ、その件については、黒龍である新見君が反応しても、当然じゃ。新見君は、第二外国語に、何を選択していたかね?」


 頭をポリポリと掻きながら、芹田が言った。


「フランス語ですが……」


 そう答えながら芹田の質問の意図が読め、顔が紅潮し出した透子。


「それなら、当然、という響きが、フランス語で『』を意味する事にも気付いているのじゃろう?」


「はい……」


(透子さん、何だか赤面している感じだけど、まさか、このタイミングで芹田先生に告ったとか……?)


「わしは、新見君が何年も芽が出ず苦労していた時代からずっと、自身の若い頃を重ねながら、君を応援していたのじゃ」


 透子の両肩に手を置いて、励ます芹田。


(芹田先生が、透子さんの肩に手を置いている! 何だか、ますます怪しい雰囲気だな……本当に、透子さんは、芹田先生の事を想っている? あの様子だと、芹田先生は教師として一歩引いて、理性を失わないように接している状態なのかな……?)


「ありがとうございます」


 頬を染めたまま、芹田を見上げている透子。

 そんな透子の様子が気になりながら、会話が聴こえない位置にいる自分がもどかしく感じた颯天。


「まあ、わしのは『師弟愛』のようなものじゃろうか? だから、こうして、君が立派な黒龍として開花してくれたのが、自分の事のように嬉しく感じられるのじゃ!」


「師弟愛……ですか? 芹田先生にそのように想われて嬉しいです! ありがとうございます」


「今までは、なかなか開花出来なかった自身に引け目を感じ、周囲に遠慮しながら生きていたのじゃろう? 新見君の大きな開花は、これから、周囲の女性達の妬みを生むかも知れん。だからといって周りに振り回されず、仕事面でも恋愛面でも幸せになってもらいたい」


 芹田の口から唐突にという言葉が出て来た事で、思わず、その部分をオウム返しした透子。


「恋愛面でも……?」


「そうじゃ。以前、新見君は荒田君と交際していたじゃろう? その時は、荒田君に心底惚れていたわけではなかろう?」


「芹田先生は、気付いていたのですか?」


 荒田との交際について言い当てられ、ビクッとした透子。


「彼は若手ナンバー1の実力を誇る有能な地球防衛隊員。実力的にも外見的にも女性達の憧れの的に相応しい男じゃ。まあ、女性ながらも、和野田君のような実力派だったら、そういった心配は要らないかも知れんがね。新見君の場合は、そんな荒田君と一緒にいる事で、自身の引け目を埋め合わせてくれるようなものを期待していたのじゃろう?」


「芹田先生は、何でもお見通しなんですね。……その通りです。荒田さんという存在を自分のステイタスのように利用していました。ズルイとは思っていましたが、幸い、荒田さんの方から口説いてくれたので、願ったり叶ったりな感じで交際をOKしました。そうでもしないと、後から来た後輩達に追い抜かれる惨めな自分に対して、モチベーションを保つ事が出来なかったです」


「まあ、それはそれで、お互い様だったのでは? 荒田君にしても、男性隊員達の憧れのマドンナである新見君を傍らに連れ立っていられたのは、さぞかし誇らしかったじゃろう? じゃが、君はその地位を不意にしてしまったのだね?」


 芹田に問われ、コクリと頷いた透子。


(長いな、二人の話。いつまでも何を話しているんだろう? これっていうのは、結局、芹田先生と透子さんがハッピーエンドになっている状態なんだろうか? 確認したいけど、やっぱり二人の様子だけ見ていても、会話が聴こえて来ないと憶測もままならない)


 二人の身体の動きや表情を見ながら、内容を察してみた颯天。


「私は、荒田さんにとって、所詮はお飾りなだけで、それでも自分も似たような気持ちで一緒にいる以上、仕方が無いって思っていたんです。それなのに……彼は、私がこのまま隊員として居続けるのを諦めさせようとプロポーズして来ました……」


「荒木君のような人と結婚出来るのは、大和撫子隊の女性達には、願ってもいない事で、君にとっても理想なはずだったろうに」


「私は、まだ可能性を信じたかったので! このまま大人しく引退という選択肢は無かったのです!」


 そう言い切った透子の声は、離れていた颯天の元にも届いた。


(えっ……透子さん、荒田さんとの事を芹田先生に説明している? どうして、そんな流れになったのだろう? まさか、透子さんは芹田先生との結婚を望んでいるのだろうか? 二人の関係は、いつの間にか、そんな次元まで話が進んでいたのか! ショック過ぎて、もう頭が働かない……)

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