第63話 アムール河の波
「自由の河よアムール うるわしの河よ
ふるさとの平和を守れ」
それまで愉快そうに笑っていた芹田だったが、突如、何を思ったのか、高らかに歌い出した。
(えっ、何だ! どうして、急に芹田先生は歌い出したんだ……?)
「芹田先生……? いきなり、どうしたんですか……?」
芹田の突然の奇行に驚いた一同だったが、それについて敢えて質問したのは、颯天だけだった。
「いやあ~、なに、何だか
周囲の反応を見回しながら、共感を求めた芹田。
「その歌、どこかで聴いた事が有ったような……」
学生時代に歌っていたような記憶が有ったが、ほかのフレーズもタイトルも思い出せなかった颯天。
「『アムール河の波』ですね、中等部の時に歌いました」
颯天がしばらく考えても、思い出せなかった事をスラスラと答えた雅人。
「あ~っ、そうそう! 私も習っていたのを思い出したわ! ちゃんと覚えているなんて、さすがは雅人君、スゴ~イ!」
「別に、すごくはないよ。『大地讃頌』と、この歌が大好きだったってだけで……」
寧子におだてられても、やんわりとスルーした雅人。
(このやり取りからすると、雅人は、幕井さんが向けてくるほどの熱量を彼女に対して抱いていない感じだな。取り敢えず、浅谷さんを諦めさせる為、幕井さんに協力してもらっているってだけの感覚でいるのかも知れない。まあ、婚約者もいるなら、ここでわざわざ恋愛する必要も、焦って恋人を作ろうとする必要も無いだろうし……)
「芹田先生も、この歌が好きなんですか?」
そう尋ねた透子の心の動きに気が気でない颯天。
(透子さんは、芹田先生好みの歌を把握しておきたいのかな? ……って事は、やっぱり、透子さんは、芹田先生が好きなのかな?)
「もちろん、そうじゃよ! なんせ、わしは黒龍だからな! ハッハッハ!」
また得意の高笑いをし出した芹田。
「黒龍なのと、この歌とはどう関連性が有るんですか?」
「あっ……」
その関連性に、いち早く気付き、ほんのりと頬染めしていた透子。
「おやおや、気付かないのかね、君達は? アムール川というのは、どこにあるか考えたまえ」
今まで通り、返答に応じない芹田。
「アムール川か……なんとなく響き的には、ヨーロッパの方面なのかな? 雅人だったら、分かるか?」
優等生の雅人なら、世界地理もよく覚えていそうだと思い、尋ねてみた颯天。
「やっぱり中等部の時に歌っていた『モルダウ』とゴチャゴチャになってしまうけど、モルダウの方は、チェコの川で、アムール川は確か、中国とロシア国境の川なんだ」
「すぐに場所を思い付くなんて、やっぱり雅人君って、スゴ~イ!」
(僕も、雅人みたいに何でも覚えていて、透子さんの前でいいとこ見せたいんだけどな~。雅人と一緒にいると、バカっぽさが強調されてしまうような……)
どんな質問にもスラスラと答えられる雅人に感心し羨ましく思える颯天と、それをいちいち持ち上げる寧子。
透子は、落ち着かない様子で、芹田の反応を観ていた。
「ハッハッハ、青春か~、いいね~!」
寧子に熱い視線を送られる雅人を冷やかしてから、また芹田は高らかと歌い出しながら、一人、その場を後にした。
「見よアムールに波白く
シベリアの風たてば
木々そよぐ河の辺に 波さかまきて
あふれくる水 豊かに流る」
(芹田先生ときたら、ホントに謎でしかない! まだ、その歌を大声で歌い続けているし! 言霊とか大事にする芹田先生だから、もしかして、何か、含んでいる大切な意味でも有るのかな? もしかしたら、さり気なく僕らに謎解きをもちかけているのだとか……? )
そんな風に勘繰っているのは自分だけかと、ふと、周りを見回した颯天。
(気付くとしたら、さっき、一早く芹田先生の意図に反応した透子さんとか、世界地理も得意な雅人とかだよな。幕井さんは、頭の中が雅人一色だから、あの歌を歌っている芹田先生の謎なんて、全く関心無さそうだし……)
気付いていそうな雅人は、寧子と話しつつも、背を向けたまま歌い続けている芹田を目で追っていそうだった。
透子の方は、落ち着かない様子のまま、やはり、芹田を見送っていた。
(そうだよな、僕だけじゃなかった。二人ともやっぱり、芹田先生の謎の歌に気を取られてしまっている感じだ。芹田先生は、こうやって、授業以外でも、謎を持ち掛けるのが得意というか、そうやって、僕らの反応を観て楽しんでいるんだ! なんか、趣味悪いな~!)
そんな芹田の言動もだが、それに対する透子の反応の方も気になって仕方の無い颯天。
(黒龍と言えば、芹田先生自身もだけど、透子さんも黒龍だから、あんな歌を歌われると、何だか落ち着かなくなるのは分かる。しかも、芹田先生が自ら、その歌が好きだって言っていたし……それって、自分の事だから好きなのか? 透子さんも黒龍で、同族だから、好きなのか? 紛らわしいな~、芹田先生の言う事は!)
考えようとするとするほど、頭がこんがらがってしまう颯天だった。
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