第60話 変身の基本

 透子からは、他にも戻れる手段が有るのなら、極力言いたくない様子が感じ取れ、芹田に正解を仰ぐような態度を見せていた。


「大丈夫です! 透子さんの取った方法が正しいと思います! お願いですから、教えて下さい!」


 そんな二人の様子を面白そうに傍目から見ている芹田。


「新見君、意地悪しないで、そろそろ宇佐田君に教えてあげるとよかろう」


「あっ、そんな意地悪とか、そんなつもりは無いです!」


 芹田に手の平を横振りし、弁解した透子。

 その後、白龍の颯天の方に向き、一呼吸置いてから話し出した。


「……それが、あの~、まるで何かのヒロインにでもなりきったような感じで、説明するのも本当は恥ずかしいんだけど……心の中で『新見透子、元の姿に戻ります!』って感じで、宣言したの……」


 顔を紅潮させながら、しどろもどろ気味に伝えた透子。


(それは、なんというか……透子さんがそんな事を言うのって、芹田先生も目の前にいるし、相当恥ずかしかったと思う。ごめんなさい、透子さん……透子さんに、そんな思いさせてしまったんだから、その思いに報いる為に、僕もそうやって、しっかりと元に戻らないと! 『宇佐田颯天、元の姿に戻ります!』)


 心の中で強く宣言した途端、体が一気に軽くなったような感覚になった颯天。

 首を動かすと、先刻と違い、自由に簡単に動かせていた。


「あ~、助かった~! 透子さん、ありがとうございます!!」


「あんな感じで、役に立って良かったわ……」


 まだ、恥ずかしさが抜け切らない透子。


「ハッハッハ、君らは、すっかり良いコンビとなっているようじゃな! それで、宇佐田君が元に戻らないようじゃったら、いよいよ、わしの出番と思うておったから、安心したよ~!」


「芹田先生、本当に、あんな方法で正しかったのですか? もっと、的確な手段が有るのでしたら、教えて下さい!」


 毎回、龍体から戻る度に、その方法を使うのは遠慮したかった透子。


「いやあ~、素晴らしいよ、新見君は! 自分で、その方法に気付けるとは! 名前というのは、とても大事なのじゃよ。ちなみに初回は、命の危険を感じて、本能的に龍体に変身出来たが、次回からは、土壇場ではなくとも、言霊を使用すると龍体に変身可能じゃ」


(そりゃあ、毎度毎度、そんな死にそうなところまで追い詰められてからの変身じゃあ、そのうち命取りになりそうだ!)


「その言霊というのは……?」


 すんなりと教えてもらえるかどうか疑問に感じつつ尋ねた颯天。


「簡単じゃよ。新見君の立場で例を見せようとすると、わしに、それが振りかかりそうだから出来んが、宇佐田君の場合は、『いざ、白龍、目覚めよ!』とイメージして念ずるだけじゃ」


(そうか……芹田先生も黒龍だから、その言霊を使用すると、自分が黒龍に変身する可能性が有るんだ……それにしても、『いざ』とか『目覚めよ』とかって、けっこう恥ずかしいな。多分、透子さんだって……)


 ふと、透子の方を見ると、また恥ずかしさが込み上げてきていそうな状態だった。


「そういう言霊なんですか……? それも、あまり簡単ではないです……」


「何事にも、慣れが必要じゃ。君らは、まだ変身したばかりで、龍体と君らとの見えない距離感が、密となっていないから、毎度、それをする必要が有る」


「……という事は、龍体と親密になったら、その必要が無くなるんですね?」


 透子と同様、自分の名前を出して宣言する事に抵抗の有った颯天が尋ねた。


「そういう事じゃ! そのうち、慣れて来ると、龍体との意思疎通がもっとスムーズになり、名前を出す方法に頼らなくても良い。その段階まで来ると、変身も龍体を動かすのも、自分の手足を動かすように容易となるのじゃ」


「そうなんですか、良かった~!」


 思わず安堵の声を漏らした透子。


(透子さんが安心していそうで良かった! でも、僕としては、透子さんの恥ずかしそうな感じで教えてくれたり、赤面していた時の透子さんとかも、可愛く見えて好きなんだけどな……)


 色んな透子の表情を目で追っていたい颯天としては、残念に感じられたが、その時、ふと、龍体になる前の透子との会話を思い出した。


(そういえば、あの時……僕が、透子さんに対して、笑顔で生きていて欲しいと言った時に、透子さんは僕に、隣でそれを見ていて欲しいって言ってくれていた! あれって……つまり、僕と透子さんが一緒に過ごしていくのを望んでいるような意味だと思ってもいいのかな……? そうだ! こうして生き残れたからには、僕は、透子さんに交際を申し込むんだった! でも、この場には、芹田先生もいるし……芹田先生がいなかったら、今、ここで申し込みたいのに……)


 透子と二人で敵を撃退しようとしていた時の決意を実行に移そうと、タイミングを伺っている颯天。


(いや、待てよ。今、ここに、こうして芹田先生がいるという事は、まだ『早まるな!』という暗示かも知れない! 透子さんは、あんな風に言ってくれたけど、あの時は隊員達が皆、殉死したと思っていたから、単にヤケになってたとか、僕を励ます為だけに言ってくれた言葉だったのかも知れないし……この先ずっと、僕と透子さんは戦闘時のペアとして一緒に行動できるんだから。まずは、透子さんの芹田先生に対する気持ちを確かめるのが先だ!)

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