これにて万事円満解決!?
閉店営業後の活動なので時間外労働ではあるのだが、かつてないほどの手応えに溢れるモフり業である。
今回の圧倒的功労者であらせられるグリンダ嬢に心からの敬意を。指先から伝われ、感謝のハンドパワー。
そーれもっふもふ、もふもふもふもふ、もふもふもふ……。
「ぎゅ」
しまったんだぜ、さすがにお胸のふかふかをふかふかしすぎたようなんだぜ。濁点混じりの「きゅ」は「オメーわかってんだろうなそのぐらいにしておけよ」の意だからね! 団長さん仲直り記念で浮かれすぎていたんだぜ。いくらこの胸毛のもふもふが極上だからって、竜パンチは避けねばならないんだぜ。
「……うきゅ」
お背中に上るのにももう大分慣れてきたもの。グリンダ嬢の毛は元々綺麗だけど、撫でれば撫でるほど輝きを増すのでひときわやりがいがある。うとうとし始めた気配にほっこりしつつ、今日も今日とて彼女の体を整えていく。
ああ、それにしても個人的懸案事項だった団長さんとの確執が解決できて本当によかった。結局、あちらもこちらに対してモヤモヤしてたけどなんかわかってなくて、それでとりあえず避けてたってことなんだもんね。
でも、私が竜に対して害意なんて全然なくて、モフモフ業が心から楽しくて、最近はちょっとした進化なんかも試みていて……たぶんそういうものを見てくれたから、彼も思い直してくれたんだ。
きっかけはグリンダ嬢がくれたのだとしても、私がだらんだらんと部屋にこもっていたらたぶんまた違った結果になっていた。
なんか、本当に嬉しいなあ、異世界生活。現代日本では、なんとなく死にはしないけど、私がいてもいなくても世界なんて何一つ変わらないんだろうなって諦念があって。まあこっちでも私がいようがいまかろうが世界は回っていくだろうけど……それでも自分で考えて頑張ってみたことにポジティブな結果が返ってくるのって、やっぱりめちゃくちゃ嬉しい。
優しい風が吹いて、手を動かしながらも顔を上げてみる。ああ、本日は格別、この竜の背中からの景色が美しく見えますね。ちょうど暮れなずむ黄昏時、赤みがかった空に星が出始めて――。
「…………」
「うきゅん?」
「あ、すみません」
思わず一瞬手が止まり、そのためまどろんでいたグリンダ嬢が不思議そうに声を上げた。私は慌ててモフモフ作業に戻る。つとめて平静を装い、もちろんハンドパワーでグリンダ嬢を解きほぐすことに手を緩めはしないが、心臓がばっくんばっくん言っていた。
「……サヤ? その辺りにしないか?」
目の前の毛並みと真剣に向かい続けていたところ、投げかけられる穏やかな言葉。
団長さんの声に気がつけば――暗っ! 辺り暗っ!? 私めちゃくちゃ集中してモフってたんだな!
「はーい、グリンダちゃ……いえグリンダ様、今日はこれでコース終了でーす……」
「ふきゅー」
声をかけつつトントントン、と肩の辺りを叩くと、グリンダ嬢はあくびをしている。降りる時は団長さんが手を貸してくださった。速やかに退避すると、グリンダ嬢は気持ちよさそうに伸びをしていらっしゃる。
うむ、よかった、お仕事をなさった方が満足してくださる仕上がり具合にできたようで。
「サヤ、長時間ご苦労だった」
「いえいえ、グリンダちゃんにはお世話になりましたから、これぐらいは」
「……たまには否と言ってもいいんだぞ?」
「いやあ、ははは……」
団長さんを吹っ飛ばす竜パンチを見た後での強気な態度は、ちょっと武力クソ雑魚な私にはできないかなあ。え、そんな生物にモフモフするのは怖くないのかって? うーんモフモフは……モフモフだし……?
「それにしてもすっかり夜になってしまって……すみません、お忙しいのにこのお時間までお付き合いさせてしまいまして」
「いや。これが私の仕事だ。それに――」
団長さんの言葉が途中で途切れる。
竜舎から城の中に戻ろうとする途上、私たちを待ち構えるように立っている人影があった。
最初はいつものバンデスさんとショウくんかなと思ったけど、どうやら違う。彼らはこの時間だし、私の面倒見は居残りの団長さんに任せ、他の業務に旅だったようだ。
で、なんとものすごく意外なことに、我々を出迎えたのは悪役令嬢エメリア様(withお供の女騎士さん)だったのだ!
これはもしや、気絶していて今起きたとか……いやそうじゃないみたい。今までと雰囲気が違うな?
凜とした表情のご令嬢は、綺麗で優雅な礼を――礼? 頭を下げただとぅ!?
「サヤ様、今までの数々のご無礼をお許しください。貴女はまごうことなき異界からの使者、竜の守護者にして加護を与えし奇跡のお方。
両手を胸に当て、厳かにおっしゃる……お、おおう……そうやって話すと威厳がありますね……。
どうやら団長さんに引き続き、エメリア様とも関係改善できたのかな? ちょっとまだこちらは実感がないのだけども。
「ええっと……と、特に何もしてはいないのですが、とりあえず敵意をなくしていただけたのなら――」
「謙遜は時に卑屈になりますのよ、およしになって! 何もしていない? 人には制御不能、ひとたび怒りを買えば収まるまで待つしかない竜を、貴女は見事になだめられたのですよ!? 妾には恐ろしさしかない彼らが、あのように心を許して……それなのにあなたがそんなだから、妾だって勘違いするのではありませんか!」
「お嬢様。責任転嫁はよくありません。どうどう」
「まあ……サヤは基本的に、自分のすることに自覚がないタイプのようだからな。気持ちは少しわかる」
あれぇ、なんでここに来てエメリア嬢と団長さんで見解一致みたいな空気になっているのかな!? いやだって私マジで何もしてな――。
「サヤ。機嫌の悪いグリンダに即触った上に寝落ちまで持って行ける行為のことを、何もしていないとは言わない。覚えておくように」
「あ、はい」
若干まだ釈然としてはいないけど、神妙に諭されたらそうですねとしか返せない件。
ま、まあ……どうであれ、私に対してわだかまりを持っていた人が、私が竜をモフっている姿を見て見直してくれたなら、それでいっか!
「ところでサヤ。先ほどグリンダの上で何か考え事というか、気がついたような顔をしていたように見えたが」
「あっ! それがですね団長さん、実は――」
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