仲直り、しましょ?

 舞い降りたグレンダ嬢は、ぺっと地表に団長を吐き出した。

 彼女は美形揃いの竜の中でもとびきりの美人で、普段は目の眼福である。が、美女が怒るととんでもねえ迫力になるのは、どうやら竜でも同じことらしい。


 常であれば麗しく凜々しいご尊顔を憤怒にゆがませ、かつてないほど全身の毛を逆立たせ、翼を大きく威嚇するかのように広げた彼女は、


「きゅきゅきゅーきゅきゅーきゅきゅきゅきゅーきゅーきゅー!」


 ……このように、ものすごい勢いで何かを団長にまくし立てている。

 内容はまるでわからないけど、どう考えても絶対何かめちゃくちゃ怒ってる奴。


「これはまずいですよ、彼女、本気で怒ってます」

「あそこまで激しいのは久々……いやはじめてじゃねえか……?」


 ひええ……漏れ聞こえる事情通竜騎士の皆さんの会話で余計背筋が凍る。横で見てるだけでも怖いのに、あんな激おこ模様、直接向けられたら私だってワンチャン失神ありそう。


 ……はうっ! 失神と言えば!

 はっと振り返ったら、エメリア嬢と女騎士様は互いにひしと抱き合っている。

 全然動かないから、もしかしたらあれは目を開けたまま気絶してるって奴かもしれないけど、とりあえず大騒ぎしないのであれば、ヨシ! 女性の甲高い悲鳴とか聞いたら、グリンダ嬢、ますます火に油になりそうな御仁だからね。


 再び団長さん達の方に視線を戻せば、グリンダ嬢は大きく腕を振りかぶ――振りかぶる!? そのフォームはものすごくまずくない!?


 しかしこの後何が起こるか予測できたとて、止める間もなければ手段もなく。


 バシーン!


「「「だ、団長ー!!」」」


 我々ギャラリーの悲鳴が一致団結する。いやこういうのは一致団結とは言わないんちゃうか。とにかく全員が悲鳴を上げて、その悲鳴が綺麗にハモったのだ。


 ひっぱたかれた団長は綺麗な放物線を描き――ちゃ、ちゃんと綺麗に受け身を取って着地はした! 良かった! いや良かったのか!? 少なくともべしゃって潰れて動かないよりは絶対にいいはずだな!


 ただ問題点もある。団長さんが落ちてきた場所、私の目の前なんだよね。


 これは……もしかしなくてもグリンダ嬢、私に向かって団長さんを投げました?

 あったぶんそうだ、なんかわからんけどグリンダ嬢が私に向かって「やってやったんだぜ」って誇らしげに胸を張っている気がする!


 そのポーズだとお胸のもふみがよりふわっふわですごいね! この修羅場がなんとかなったら触らせてね! ちくしょー!


 興奮と混乱で情緒が乱れている。この混沌の中に急に放置される感じ、もはや異世界恒例行事と化してきて、だんだん慣れつつある自分が怖いぞぉ。


「えっと……あの、大丈夫、ですか……?」


 さて、最近ちょっと微妙な距離感の仲であったとしても、我々人類よりサイズがでかい竜のパンチ食らって吹っ飛んだことを心配しない理由とはなるまい。恐る恐る声をかければ、団長さんは緩やかに頭を振り、じっと私を見る。


 思わずごくっと飲み込む生唾。しんと静まりかえる辺り。


「……サヤ」

「は、はい」

「すまなかった」


 そしてしばしの沈黙を挟んでから放たれた言葉は、私への謝罪だった。


 一瞬思考も挙動もフリーズする。が、さっきも言ったがだんだんドッキリにも慣れつつある私であるからして、すぐに一時的は解除される。


「…………。えーと……とりあえず、お怪我はないのでしょうか?」

「ああ、問題ない。もっと空中からたたき落とされたこともある。この程度は手加減されている方だ」


 ひとまずグリンダ嬢の一撃は大丈夫の範疇だったらしいが、怖。怒った竜こっわ。

 というか空中からたたき落とされるって、何したらそんなんなるのってのも気になるけど、別に大したことありませんが何か的な口調で淡々としゃべってるのも怖いわ。


 しかし私も訪問者兼竜使みつかいの称号をいただいた女、もうこれぐらいではひるまないぞ。安否確認ができたら、咳払いさせていただき、団長さんが始めようとした議題に戻ろう。


「その……今のは、何に対しての謝罪でしょうか?」


 団長さんはゆっくり深呼吸した。


「ここ最近、きみに対して冷淡だったことだ」

「……んーと。自覚がおありで……?」

「いや……恥ずかしながら、グリンダに指摘されてようやく思い至った」

「シャー!」


 団長さん及び私が話の流れで自然と視線を向けた先、再び構えてうなるグリンダ嬢。


 あの翼を広げて足を上げる感じ、ちょっと荒ぶる鷹のポーズに似てるな……いやこの場合本気で怒ってる案件だろうから、うっかり吹き出したりしたら今度は私がどつかれそうですけども。

 特殊な訓練を受けていそうな団長さんはともかく、ちょっとハンドパワーがあるだけの私があのパンチ食らったら普通に重傷不可避。


「私は、その……竜使みつかいとなったきみは我々ただの竜騎士とは違うのだから、扱いもそのようにすべきだと思って、そうしたつもりだった。だが、グリンダから指摘された。最近の私の態度はサヤに対して不誠実だと。……それでようやく気がついた。私がきみに嫉妬していたことに」


 ――なんとも言えない気分、というのがたぶん今の心境に一番ふさわしい。

 そらそうだよね、と理性的に思う部分と、なんでや私悪いことしてないやろ! って感じる部分と。


「サヤ。きみは何も悪いことをしていない。急に異世界に連れてこられて、祭り上げられて、竜使みつかいにまでなった。きみは竜が好きそうだから竜使みるかいになったことをさほど苦とは思わないだろうが、それでも自分の本意とは異なる契約を勝手に結ばれたことは事実。なのに私は……私が焦がれても手に入れられなかったものをあっさり手にしたきみに、嫉妬した。だから遠ざけて、よそよそしくなった」


 でもそれと同時に、たぶんこれは――感動だ。グリンダ嬢が私のことを気遣って団長さんに言ってくれたことにも、団長さんが自分の嫌な気持ちに気がついて、こうして口にしてくれていることにも、私は感動している。


 だって自分が誰かに向けた負の感情を認めるのって、すっごく嫌なことだもん。


「……許してほしいとは言わない。ただ、以前と同じようにきみに公正に接し、異世界での生活を全面的に支援したいと思う」


 言葉が途切れる気配に、ふう、と私は息を吐き出した。ずっと胸に溜めていた気持ちごと吐き出すように。


「その気持ちになることは仕方ないと思います。私だって、ほしかったものを横からかっさらわれた気分になったら面白くないですもん。ただ……」

「ただ?」

「その……尊敬する団長さんに嫌われてるのかなって状態は……」


 だんだん尻すぼみになっていって、最後の方は思わず消え入るよう。


 独り言なら得意だけど、人に気持ちを伝えるのって苦手だ。こっちが真剣でも、相手も同じぐらいだとは限らない。それはしょうがないことだけど、でも私はできるだけ傷つきたくはない。何度も傷ついても大丈夫なほど、自分が強くないと知っている。


 だから普段の対人関係は、笑顔で丸めてヘラヘラして、それで済まなそうな話題には極力近寄らない。それが現代日本での私。たぶん私を蛇蝎のごとく嫌ってる人はそういなかったけど、本当の意味で好きになってくれる人もいなかったんじゃないかな。


 正直、日本の私だったら、ここはへらっと笑って謝罪を受け入れて、それで終わりだったところ。

 でも、こんな風にまっすぐぶつかってきてくれた人にごまかしスマイルで返すのは……なんか、嫌だな。だから。


「……辛かったです。傷つきました」


 ちょっとだけ頑張ってみる。自分が傷ついたって認めることも、嫌なことだ。

 でも、大丈夫。これはちゃんと治る怪我だって思えるから、大丈夫。


「傷つけて、すまなかった」

「謝罪を受け入れます。私も……意図せぬ事だったとは言え、あなたを傷つけたことを、許してもらえますか……?」

「もちろんだ。それ以上に、きみは竜を幸せにしてくれているんだから」


 思わず吹き出してしまった。結局竜か! 本当にぶれないなあ、この人。


 ――でもなんか、そういうところがいいんだよなあ。

 私、浮気性より一途な男の方が解釈一致ですから。


「……さて、それでは。ご心配おかけしてしまったグリンダ嬢を、ほぐしにいきますか!」

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