念願成就

 さて、人間関係のゴタゴタもあらかた片付き、ここのところの私の異世界生活はうなぎ登り、絶好調だ。


 しかし私はまだ貪欲に、この上を目指してみたいと思う。

 なにしろイージーモードハッピー異世界だが、一つ重大な問題が未だ克服されずに残っていたではないか。


 本日は晴天なり。青空にほどよく雲が散らばって良い日より。

 そんな絶好のお天気の下、我々は集い、万全の準備で事に臨んでいる。

 この一大プロジェクトにあたって、イツメンが全面的に協力してくださったのは言うまでもない。


「本当に大丈夫なんですか……?」


 こういうとき一番心配そうな顔をするのはいつも通りショウくんだ。

 見習いの彼は竜に乗ることまではできるが、未だ専属竜はおらず、飛ぶ時は先輩の監督必須。今の私に一番近い境遇と言える。


「大丈夫ですって! だってショウくんも平気で飛んでますでしょう?」

「それはそうですけど、ぼくは万が一があってもまあ、一応替えがきく人間ですし……」


 さらっと怖いことを言うな美少年。いや空飛ぶんだからそのぐらいの覚悟は決めないとってことなのかもしれないけども、私のこと心配してくれてるのはわかるけども、出発前になって不安にさせるようなこと言うなよう!


「まー墜落事故はそんな珍しいことでもないが、ここ最近は負傷止まりで死者も出てないし、大丈夫だろ」

「ぼく知ってますからね。あなた、見習いの頃にちょっと調子乗って落っこちて、治癒魔法をもってしても全治一月案件になったことがあるって、知ってるんですからね」

「生きて帰ってきただろー? おかげさまで後遺症もねーし。まあ腹にでけー傷は残ってるけどな、ガハハ!」

「サヤさんは刺されても死にそうにない筋肉ダルマとは違うんですよ!?」

「俺をなんだと思ってるんだショウ、急所刺されたら無理だって」


 耳に指を突っ込んで雑な語りをするバンデスさんと、くってかかるショウくん。

 ははは、いつも通りの掛け合いを見せてくれるのはほっこりするけど、全治一月、腹に名誉(?)の負傷の下りは今はじめて聞きましたよ。


 いや過去の事故事例は耳にしたけども、あれ本人の体験談だったんかい!


「サヤ様、わたくしも胸が苦しくなってきました。今からでも中止に……」


 心配そうなうるうる目をしてくれるのは、悪役令嬢あらため聖女エメリア様。後ろで女騎士ティルダ様もうんうん同意している。


「いやでも、エメリア様に首飾りもご用意していただきましたし」

「もちろん妾、制作に当たって心を込めましたけど! でも、絶対とは言えませんし、その、本当に妾に身をお任せいただいてよろしいのかと……」

「大丈夫ですって! 魔法素人の私はともかく、竜騎士各位からこいつぁすげぇって評価いただいている特注品ですよ!?」


 竜騎士の皆さんは全員、落下事故用に浮遊魔法やら衝撃耐久魔法やらがセットされたアクセサリーを身につける。


 で、私の分は、エメリア様が心を込めて作ってくれた首飾りというわけなのだ。

 何しろ神様お墨付きのご加護であるからして、ありがたみがパない。というか実際、えげつないほど色々込められているらしい。


「うわあ、すっごい……これつけてるなら、竜のパンチもそんなに怖くないかもしれないですよ」


 とショウくんが言っていたくらいだ。


 うん、振り返ってみたら安全なんだかそうでもないんだか、微妙なコメントだな!

 まあとにかく、物理耐久魔法耐久その他あれこれ、ありったけ備えてくれたことには違いないらしい。


「ほら、それに鞍だってつかまる場所だってご用意していただきましたし、エメリア様のお祈りだって超絶万全なわけですし――」

「加えて私が同乗する。竜の飛行である以上、確実に安全とまでは言い切れないが、これ以上ないほどの好条件ではあると思うが?」


 そう。普通の見習いなら、先輩のフォローがあっても結局自力でまたがらねばならぬのだが、今回の私は頼れる補助がついていらっしゃる。


 団長さんと相乗りだよ、わーい! それはそれで別の問題が発生するんじゃないのか大丈夫かって? これがねえ、エメリア様が首飾りに気持ちを鎮静する魔法まで付与してくださったからねえ! 今日の私は文字通り無敵なのだなあ!


 そして私がいくら大丈夫と言ってもうるうるお目々だったエメリア様が、団長の言葉にはしずしずと従う件。女騎士ティルダ様も「団長があそこまでおっしゃるのであれば」とか言っている件。


 君らあれだね、後でちょっとお話ししようか! そういえばエメリア嬢の団長との因縁の件とか、うやむやになった感あるけど、ちょっと巻き込まれた当事者的には詳しい話聞く権利あると思うしな! 地上帰ったら覚えておきなさいよ!


「問題ない。サヤのすべての不測の事態に対処しよう。背中からずり落ちそうになっても気絶しても狂乱しても吐いても私がなんとかする」

「団長。違う。いやその辺も大事ではあるんだろうが、そこじゃねえ」


 それにまあ、団長氏はね! こういうところがあるからね!


 ――というわけで。

 これが私が克服せねばならなかった異世界の残件、ドラゴンライド挑戦! なのだ!


 何しろ初日をグロッキーで染めてしまった黒歴史の思い出だからね。

 竜ぞ? 異世界ぞ? 撫でるだけで乗って飛べないとか、ありえちゃいけませんぞ?


 でもまあ高所恐怖症はそう簡単に克服できるもんでもなし――そう思っていた時代が私にもありました。


 つい先日、グリンダ嬢の背中でようやく思い出せたことがある。

 巨もふ様がくださった加護とやらで竜使みつかいになった私だが、そもそも厚かましくも特典くれって言ったのも実は私だったのだ。


『そうそう、客人殿。倅がこれからも世話になるし、我も心地よくしてもらった。なんぞ望むことはあるかえ。可能であれば助力しよう』

『あのう……! それじゃ、高所恐怖症をなんとかしていただくことってできますでしょうか。私、空飛んでみたいんです……!』

『――その程度ならばお安いご用よ』


 ……なーんで忘れてたのかなあ? こんな大事なことをな!


 ただ、どうも聞いたところによると、巨もふ様は異世界のVIPゆえ、安全機構みたいのが働くことがあるらしい。実際、私は巨もふ様と話したことと大まかな内容は思い出せたが、彼女の真名はもやがかったままだ。でも「私が必要になったら」ちゃんと思い出せるようになっているらしい。


 まあ……真名って拘束力発生するらしいし、うっかり間違って唱えることとかないってことなら、その方が私としても願ったり叶ったりですんで、ハイ……。


 ともあれ、「たぶん今なら高所行ける!」となった私は、早速団長さんはじめ竜騎士の皆さんに協力を仰ぎ、そして今を迎えているというわけなのである。


 乗るのは我らがグリンダ嬢! しかもこの前のサービス残業モフモフ分で飛んでくれるとのこと。ありがてえ……実はあの後がっつり筋肉痛になったのよね……残業した甲斐があったね……!


「よし、サヤ。行けそうか?」

「はい!」


 皆に手伝ってもらって乗っけてもらい、団長さんが後ろに座り、見送りの皆さん達が安全な場まで退避する。私はぎゅっと目を閉じ、「ここをしっかりつかんでおいてね」と言われた部分をぎゅっと握りしめる。


 最後にグリンダ嬢が「ちゃんと乗れた?」と言うように背中の我々にちらっと一瞥よこしてから、いよいよ翼にぐぐっと力を込める。


 そして――。

 助走の駆け足から、ぐん、と後足で地を蹴る衝撃。飛翔。翼がはためく度に伝わってくる力強い動き。どんどん上昇していく。上へ、上へ、上へ――。


「……いいぞ、サヤ。目を開けてみてくれ」


 ある程度上昇したところで、見計らったように団長さんが声をかけてくれた。

 私は深呼吸してから、ゆっくりと目を開き――。


 眼下に世界が広がっている。知っている人達が私を見上げている。手を振ったのはバンデスさんだろうか? 背後の身じろぎで、団長さんがジェスチャーで応じたらしいことがわかる。


 私も、片手は相変わらず握りしめたまま、けれどもう片方をゆっくりと離し――。


 地表に向かって、手を振った。

 最初は控えめに。それからしっかりと。


 歓声が聞こえる。表情はちょっと遠いからあまりしっかりとはわからないけど、皆笑ってるみたいだ。


「サヤ、つかまり直して。もっと高いところに行こう」


 団長さんの声。たぶんエメリア様がくれた沈静魔法の作用だけじゃなくて、この人の声って人を落ち着かせる効用があると思う。


 私の準備ができたのを見計らってから、竜騎士最高のコンビは更に高い場所まで連れて行ってくれる。


 ぐんぐんと高度を上げて、次第に視界がけぶる一面の白に閉ざされて――。


 私たちは雲の上に出た。青と白がどこまでも続く、美しい世界に。


「…………」

「気分はどうだ? 気持ち悪くなってないか?」

「大丈夫です。だって……」


 私はぐるりと周囲を見渡す。

 現代日本にいた頃、テレビの映像とかで見たことはあったかもしれない。

 だけど今私は、生身でこの夢の世界にお邪魔している。


「良かった。竜使みつかいなのに竜の見る世界を知らないままでいるのは、残念だと思っていたからな」


 団長さんの穏やかな声に、じんわりと胸が温かくなる。彼はその後はしゃべらなかった。私がこの時間をたっぷり堪能しようとしているのわかって、邪魔をしないでくれているかのようだった。


 空気が澄んでいて気持ちいい。竜の背中はもっふもふのふかふかだけど、顔に感じる風はほどよく涼しい。首飾りのおかげもあるだろうか?


「――良かったなあ。ここに来られて」


 感嘆だ。心が打ち震える体験。

 私は振り返り、背の団長さんに声をかけた。


「ありがとうございます、アーロンさん。連れてきていただいて」

「これから何度でも来られる」


 そうか……そっか。それは、悪くない――いや、とてもいいことだな。


 異世界ライフ、万歳。



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