ストップ☆爆上がり株(切実)
突然だが、良い知らせと悪い知らせがある。
まず良い知らせは、私の希望「その謎のVIP待遇なんとかならないんですかね」が、まあまあ通ったってことだ。
提案直後、真面目一徹団長は当然のように渋ったが、
「敬意を払ってもらえるのは嬉しいし光栄だけど、日頃からこんな空気は私もやりにくいし、たぶん竜騎士団の皆さんもそう。異世界の現地ルールを無理を通して曲げたいわけじゃなくて、お互いやりやすくしたい。公の場に出る時は物々しい扱いになるのも仕方ないだろうけど、少なくともここにいる間は元の通りにしてもらえないでしょうか」
などと言ってみた。
団長氏は情に訴えかけるより理論派だと思われるので、効率という観点から理屈っぽく攻めてみたというわけだ。
「確かに、私は貴女に快適な生活を約束した。貴女にとって現状は、そうではないのかもしれない。だが、あれは言ってしまえば、あなたがただの訪問者だった時の話、今は状況が変わった。貴女の価値はこの世界ではもはや代わりのきかないものとなっている。元通りにはできない」
が、そこは相手が団長、やはり一筋縄ではいかなかった。
まあ、そらそうだ。本当、言わんとしてることはわかる。
私はもう自由を謳歌するだけの十代少女ではなく、責任についても理解しているアラサーなのだ。本意でないにしろ発生する責任と、それに伴う扱いというのも承知してはいる。
しかも現時点でそれはもう、色々融通きかせてもらってるのもわかる。ここはいったん様子を見て、後で慣れてきた頃にこちらの要求を徐々に伝えていくという手もある。
でもなんか……これは。ここでちゃんと「そういう風にこの世界で過ごしていきたいわけじゃない」って伝えておかないと、なんかこの先まずいことになるような予感がした。
特に団長さん。なんかここで彼からの
赤様という未知と遭遇した時、団長アーロン氏は「大丈夫、きみはできる」と言って、私を安心させてくれた。でも、今ままの彼だと、たぶんもうそんな風には言ってくれない。「
それは……困る。だってそれ、私個人が気まずくなるというだけの話じゃなくって、チームプレイに支障を来すようになるってことなんじゃ?
――しかし、お互い相手を退かせる決定打のないまま、我々の主張はしばらく平行線をたどっていた。後ろの竜騎士の皆さんも、心配そうな風情で、ちらちら我々に視線を往復させている。
……仕方ない。申し訳ない気持ちもあるが、ここは対団長必殺カードを切らせてもらおう。
「わかりました。ではこの先は
「わかった。元通りにしよう」
ドロー! ゲームセット!
……いや、効果的だろうとは思ってたし、効果を期待して交渉に出したわけではあるのだけど、即落ち二コマより早くなーい!?
食い気味の返答のせいで、私もびくってなったけど、後ろのバンデスさんとショウ君がずっこけてるよ!
本当、竜のことはすべてを優先するんだな、この人……しみじみ。私がどうこうじゃ引かなかったのに、竜を出したら無条件降伏か。そうか。そらそうだ。
だが、なんだろこの、ブレない様と私の団長に対する理解度に安心したような「もうちょっと葛藤の時間があってもいいじゃんかよぉ、私のことだとそこまで即決しなかったのにさぁ!」と思うような、複雑な気持ち。
いやしかし……これだけ竜命な人でも、
私の色々複雑な胸中はともあれ、バンデスさんが「いやー良かった、そんじゃ変に堅苦しくなるこたぁねえな!」ってガハハと笑ってくださり、そして竜騎士の皆さんには元の空気が戻ってきた。
あの仰々しい謎の玉座風椅子も撤去してもらった。よかったぜ。これから毎日あれに腰掛けろって、わりかしハードプレイだったんだぜ。
でも今まで以上に私が重要人物となったことには違いないので、安全管理はしっかりしようねとなった。もうちょい具体的に言うと、侍女と護衛が増えるらしい。とはいえ、人員急増を急いだ結果変な人をあてがうというのも困るので、もう少しは現メンバーに過労シフトを強いるってことになりそうだ。
すまない……特にマイアさん、マジで一人で私の侍女業こなしてるからね。本当にすまない……。
というわけで、ここまでが良い知らせパート。途中若干悪い知らせパートも挟んだが、問題は過労シフトだけじゃないのだ。
「
「
「
わかるかな、この……伝わる? 謎のハイテンション。
いや、なんかね……
敬遠はされなくなったが、今度は過剰に懐かれている気がする。
いや、助かってますよ? 上記の通り、教育熱心だし、竜モフ業の手伝いは本当にありがとー! しかないし、雑用も……なんで私にわざわざ見せに来るんだって定期的に宇宙猫になりそうにはなるけど、でもやっぱり偉いことだと思うし。
もちろん、嫌われるよりは好かれる方がいいに決まってる。だが、株は上がるに超したことないってわけじゃないだろう。何事もバランスだ。
あと、竜騎士団の皆さんとはそんな感じで前よりコミュニケーションもスキンシップも増したぐらいなんだけど、団長さん……ま、まあ、元々忙しい人だしね。私が
「サヤー。ちょうどいいってよー」
ハッ。バンデス氏の声。
別の考え事しててもちゃんと手は毛並みを整えているのだ。マルチタスク万歳。最近じゃ力加減やそれぞれの竜の好みも把握してきたので、前より効率的にモフることができていると思う。
竜は全員が竜騎士と契約を結んでいるわけじゃないけど、竜騎士と縁があれば担当の人が翻訳可能。
なので、それぞれの竜の好みやら問題やらを聞き出して、「きゅ」しかわからん人達へのモフ質向上にも役立てているのが最近。
ちなみに私のゴッド☆ハンドはある程度対人有効でもあるので、竜をなで回した後お仕事終わりの皆さんの肩をもみ、力加減や手触りの練習にもさせてもらっている。
人間と竜ではさわり心地も力の入れ方も違うが、同じような部分もある。
今研究中なのは、私の体を痛めず、でもちゃんと圧が伝わるような押し方だ。
優しく撫でるだけで満足という方々は私もそんなに力を使わずに済むが、凝っているとこほぐして! なタイプだと、こちらも重労働になる。
が、一頭触る度に腱鞘炎やら筋肉痛やらを起こしていると、順番待ちがいつまでも解消されない。万能湿布で翌日にはリセットできるが、逆に言えば一日後待たないと次の竜が撫でられない。
あと湿布は湿布なので、朝一の竜に「くしゃーい」って顔される。ついでに運が悪いと、お日様の香りと湿布の香りの合体事故を起こしてしまう。
なで回しが終わった直後、無言で砂浴び始めたの見たら、うん。やっぱりね。心に来るものがあったからね。
だから湿布を貼らなくて済む、でも満足率は保つ、そういう方に改良を試みてるってわけだ。ついでに竜騎士の皆さんもほぐしているので大好評である。
……まあ総合して考えると、今までとそう変わらない所かルーティンが固まることで効率化も始まり、「いやめっちゃ快適に過ごせてね?」ではある。
でもこのルーティンには、何かが……何かが足りない……!
「……あれ、ショウ君?」
ため息を吐きつつ、ローリントちゃんくんの撫で回しが終わり、私用上り台を使って地面に帰ってきた。するとバンデス氏の隣に、なんだかやつれた様子の美少年がいるではないか。上った時はいなかったはずなんだけどな。
「サヤさん、お疲れ様です……」
「いや、疲れてるのはきみの方だと思うよ……?」
「そうだぞー。
「バンデスさん、だからその
マッチョメン騎士はカラカラと笑う。まあ、彼はこんな風に私が
一方、ショウ君の方は確かに、最近エンカウント率が低めになっていた。彼の場合、前に出来心で「ほぐしてあげるね!」した時のリアクションがアレで、ちょっとあの後怖くて二度目はできていないのだけど……。
ともあれ、なんか思い詰めたようなふいんき漂わせてるし、まずはヒアリングから入ってみましょうか。
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