美少年の悩みに付き合うアラサーの図(ただし向こうはアラサーだと知らない)

 さて竜舎に私がいる、すなわち竜が無限に撫でてくれと集まってきてしまい、結果私もつい撫で回す無限ループが完成してしまうため、我々は一度屋内に移動することにした。


 すみませんねえ、竜の皆さんはともかく私が欲望に逆らえない人間で……。バンデス氏の小脇抱え式移動も大分慣れてきたよ。慣れたくなかったね。


 さて、美少年ショウ君のお悩みを聞くには、誰でも出入り自由な詰め所より、もうちょっと引っ込んだ所の方がふさわしかろう――というわけで、今適当な小部屋の一室にいる。基本空き部屋扱いで、たまに面談とかやりたい時に使う部屋なんだそうだ。


 私としても、詰め所にいると竜騎士の皆さんがあれやこれやと構いまくってくれ過ぎる今日この頃のため、個室の配慮はちょっとありがたい。

 根がね。コミュ障だからね。人口密度の低い空間がね。必要なんだよ。精神ハムスター。


 今回も、意外にも紅茶入れに定評のあるバンデスさんのサービス付きである。あの筋肉からどうやってこんな繊細な味が……いやむしろ筋肉があるからか……? 私も鍛えようかなあ。腕立てが怖くなくなったら、もっとダイナミックなもふみの世界まで到達できるかもしれないし……。


 お紅茶を入れだしたバンデス氏は、ニヤッと笑って切り出した。


「で、どうしたんだ? 連日幸せが逃げていきそうな顔してよ。俺ァまあ大体見当ついてるが」


 バンデス氏、おちゃらけた感じですけど、面倒見よくて気が利く人でもあるんですよね。団長さんとか、真面目だけどちょっと鈍感そうだしな……というか実際鈍感だし……。


 いやなんで今流れるように団長ディスった私? 気にしすぎかよ。

 ……そうだよ気にしてるんだよー、ちくしょー! サブリミナルのように思考の合間に紛れ込んでくるのだから、本当に困ったものだわ。でもなんかいまいち、モヤモヤするだけで言語化できないのだから余計に困ったものだわ。


 で、私の事情はどうでもいい! 今はため息を吐いてうなるショウ君のことだ。


「ついてるんなら、なんでサヤさん巻き込むんですか」

「適任だと思うがねえ? 団はほら、野郎ばっかだしよ」

「本当、あなたって人は……」


 ほむん……まだお悩み内容がわからないから、私がこの場にいるのが適切かと言われると、答えに困るね。


 まあ、せっかくお茶をいただいたわけだし……肩こりとか足のむくみってことなら、他の竜騎士の皆さんに実践して前よりコツをつかんできたマッサージハンドの披露もよろしくてよ。変な喘ぎ声出さない範囲でな!


「気持ちの問題にせよ、体の問題にせよ、ため込むのって良くないですからねえ。私がいない方が話しやすいようであれば、席を外しますが」

「えっと……うーん……サヤさんを煩わせるのも申し訳ないんですが……」

「抱え込んでその面になってる時点で本末転倒だろ。自分に余る問題は外に投げる! おめーら真面目連中は、そういうのが下手くそなんだよ」


 バンデスさん、いい上司。あと実際に、自分にできないって思ったらホイホイ周りに押しつける様子が目に浮かぶ。

 でもまあ、千差万別、適材適所、せっかく群れで生きているんですから、それぞれが長所を生かせばいいわけですよね。稀に、誰かがやらなきゃいけないけど誰もやれないとかやりたくないとか、そういう貧乏くじ業務もあるわけですが。


 はて。ショウ君は見習いだし、なんかそれでめんどくさい仕事でも押しつけられてるのかな? 竜騎士団、全体的に風通し良さそうで、変な新人いじめとかはなさそうに見えてたのだけども。あーでも彼、いかにも華やかな業務を好む若者で、雑用とか地味な下積み業務にはちょっと渋い反応示してたようでもあったし……そういうのかな?


 私が推測しつつ見守っていると、美少年はしばし悩んでいたが、少しすると意を決した表情になり、大きく息を吸った。


「実はですね、サヤさん」

「ほいさ」

「僕……女の子の気持ちがわからないんです」

「…………。うん?」


 パードゥン? 今一応言葉は聞き取れてたと思うけど、その意味するところが全然理解できない状態になってる。


 女の子の気持ち。女の子の気持ちかあ! そいつぁちょっと、私にもわからない時はわからないぞ。

 確かに元女子ではあるが、いわゆる陰の者ゆえな……光の女子の気持ちは理解できそうにないです。特に恋愛強者系。


「あの、違います、誤解です! 別に僕に気になっている女の子がいるというわけではなく……」

「気になってる女性ならいそうだがな」

「バンデスさん! 邪魔するだけなら出て行ってくれませんか!?」

「悪い悪い、もう茶化さねえって」


 誰か教えてほしい。この場で今すぐ「ヘイ少年、たぶんこれは自意識過剰じゃなく、きみが向けている熱の困った視線の先にいるのって私なんだろうなって薄々感づいているからこそ言っておくが、この女、三十歳なんだぜ。十歳以上年上ぞ?」ってカードを切ってその幻想を打ち砕いた方がいいのだろうか。


 いや、さすがに今言うのは、たぶん人の心がなさ過ぎるな。そもそももっと早くに言っておけって話なんよ。よく言いますよね、些細な嘘が後で取り返しのつかない火種となるのだって。最初が肝心って。


 うん、一瞬慣れない事態で大分思考がフィーバーしたが、深呼吸して落ち着こう。

 え、でも何? 今てっきりこの恋愛クソ雑魚異世界人にピュアな青少年の交際相談を持ちかけられたのかと思って滅びの呪文を唱えたい衝動に駆られたわけだが、なんかそういう雰囲気じゃなさそうね。どした?


「実はその……サヤさん、前にお会いしたエメリア=マーガレット=ヘンフリーのこと、覚えています?」


 アーハン。覚えてますとも、個性的な悪役令嬢――もとい、お嬢さんだったゆえ。


「隣国の……伯爵令嬢? でしたっけ。団長さんと因縁がある方で、私滞在中というちょっと間の悪い時期に、この辺境に押しかけてきたのですよね。その後お元気ですか? 前回は泡吹いて倒れていらっしゃいましたものね、ちょっと心配してたんですが」

「あ、大丈夫です、至ってピンピンしてます。ただ……」


 ほむ。読めてきたぞ。

 彼女もティーンズ、十代後半と見えた。そしてショウ君もたぶん同じ年頃、しかも彼は察するに良家のご子息である。


 お騒がせな客人を放っておく訳にもいかないので相手役を任されたけど、色々手を焼いている……そんなところだな?


 しかしそれ……私にどうにかできることかな?

 ま、まあ、もうちょっと続きを聞いてみるか。この前はグリンダ嬢の突撃でうやむやになったけど、騎士団の皆さんも団長さんも頭を悩ませている問題っぽいしなあ。無視して関係ありませんとも行くまいて。

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