もふの原(腹)
すー。ぴー。
穏やかなリズムが聞こえる。
あったけえ……なんという穏やかな満足感と安心感……まるで生まれてくる前のようなヌクモリティ……。
…………。
いや、おかしいってばよ。生まれてくる前の温もりとか覚えてるわけがないし。
自分のカオス思考に突っ込みを入れたら、覚醒の契機になったようだ。
ゆっくりと瞼を上げると……もふもふの海が広がっていた。私はもふみの中に沈んでいたのだ。
なるほど、これなら原始的な懐古の念を抱いても仕方な……仕方ないか? あれ、ちょっと待って落ち着いて。私どうしてこうなったんだっけ。誰のもふみですか、これは。
私が慌てて顔を上げると、視界に入るは白む空。わあ、朝日だあ……え、なんで朝日。ってことはここ、屋外か?
すると今度は、「ぶふー!」と大きなため息のようなものが聞こえ、思わずそちらに目を向ける。
顔。巨大なもふもふ生物のくりんくりんのお目々と目が合った。
ハ、ハロー……ハウアーユー?
「きゅ」
オーウ、ファインセンキュー、オッケー、エンドユー……。
えっちょっと待った、一応思い出してきた。赤さんもふもふとか巨大もふもふとか、なんか新たなもふもふと多量に触れ合った末寝落ちした。あとなんか割と大事な夢を見たような気もするが、ちくしょーこっちは喉元で止まってる奴。
それより今の方が重大だよ! だって私、確かに巨もふ様と勘でやりとりして、たぶん登っていいよって言われたから登ったわけだけども! 頭だったよね? 私が乗ったの、頭だったよね!?
でもさ、今私がいる場所、見回したらさ。なんか行儀良く畳まれた? 爪すなわちお手々が見えるのよね。そして巨もふ様は、長い首を回して背中を見てるのではなくて、見下ろす向きに私のことを見つめてらっしゃるのよね。
つまりだね。私、仰向けに寝そべってる巨もふ様のお腹の上にお邪魔しているんだ。なう。
…………。
嘘やん。いや嘘やん。巨もふ様のお腹とか、究極のもふ場と言っても過言じゃないじゃん。
頭の上もわりかし恐れ多かったけど、でも逆に頭じゃん? 骨のしっかり感あるじゃん? 背中だって背骨とか肋骨とかしっかりあるじゃん?
ここ、ポンポンなんすよ。ノーガードポンポン。おわかりか?
いやね、相手は私を一呑みにできてしまえそうな巨もふ様、それゆえ我々脆弱なる小生物のような薄い腹ではなく、確かな弾力はあります。
でもやっぱ骨がないんよ。ポンポンなんよ。しかも辺り一面もっふもふ。
某現代日本の人気アニメでさ、異世界生物が作り出した野原を歩いてた奴あるじゃない。私ね。今それのもふもふバージョンにいる。何言ってるんだお前感もほんのりするけど、割とそう形容するしかない。両手広げてランラン言いながら歩き出したらセルフ再現できる。
わたしは今、もふの原にいる。巨もふの腹の上だけにね!
……。なんだろう、心なしか巨もふ様のつぶらな瞳に見つめられているのが辛い。
巨もふ様は一切合切、圧倒的慈悲と余裕で包み込んでくださっている。彼女はどこまでも優しい。比して、あらゆる意味で卑小な自分に泣けてくるぜ。
だが……だがしかし……ここまで来たのなら、この千載一遇の好機に恵まれたなら、たとえ我が命と引き換えになるかもしれなかろうと、理性が「その辺にしておけ、そろそろ人間としての尊厳が……」なんてささやきかけようと、あと一個だけ、果たしたい野望がある!
それは! おもむろに、体の力を抜き! そのままもふの腹にIN!
Oh……そう、これ。いやね、もともとさっきまでこうしてたし? 寝て起きて二度寝してるだけだし?
もふもふの腹の上でおやすみ。そりゃ、やれるならやるよね。意識を保ったまま、全身にてもふみの尊さを味わおうと思ったら、たぶんこれが一番早いと思います。この後振り落とされるかもしれないって思っても、これは逃せないよね。
…………。
私、この異世界に来てなんどか夢落ち疑ったし、「はははそんな都合のいい展開まさかははは、この後やべー対価が来るんでしょ」とか斜に構えてたけどね。
今ならわりかし本心で言える。死んでもいいわ。告白じゃないわ。普通にこの瞬間に満足してるってことよ。
ところで仮に今この瞬間死んだらこれってお腹の上での大往生に――それ以上いけない。
というか、この尊きお方の上でここまで雑念巡らせてるのが、さすがに申し訳なくなってきた。遅えよもっと早く反省しろよと理性が憤慨しているが、欲望に弱い奴で申し訳ない。人間ってそういう生き物さ。種族のせいにするな。
さて茶番はここまでにして、本当にありがとうございました。なんで頭の上からお腹に移動したのかわかんないけど、なんか今ちょうど思い出せない夢の中であれやこれや結構覚えておいた方がいい出来事があった気がするけど、とりあえずこう……今までの散々の無礼のお詫びと、あと心よりの感謝を込めて……さすさすさす。両手をこすり、気持ち手に念を込め、普段より更に気持ちを入れて優しく毛並みをもっふもふ。
あまりぺいんのなさそうなぽんぽんだけど、お腹の調子がよくて悪いことってたぶんないしね。元気になあれ。今元気ならこれからも元気が続け。ぽっかぽかに温まれ。
そしてこれでもかというほどもふもふ様を整え終わると、満足なされたらしい彼女が起こした風に優しく包まれ、私はそっと地上に降り立った。あ、なるほど……意識がない間の頭→腹ワープの謎が解けた気がする。魔法で風を起こして運搬したんですね。便利ですね。
「きゅ。きゅ。うきゅきゅ」
地面に戻った私に、巨もふ様は身をかがめて何事かおっしゃった。うーん相変わらず言っていることはわからない。おかしいなあ、一瞬めちゃくちゃ流暢に頭の中でダイレクト会話してたはずなんだけど……なんだったっけ、思い出せない……。
「きゅ!」
「ぴきゅ!」
巨もふ様が顔を上げて高らかに一声上げると、パタパタ羽音が聞こえて赤さんもふもふがやってきた。おお、そういえばきみ、どこ行ってたんだい。寝落ち前まではご一緒してたのに、今朝は今まで姿が見えなかったじゃないか。
って思って振り返ったら、あら見覚えのある美顔……グリンダちゃんがのそっと現れた。いや、彼女だけじゃないな。ローリントちゃんくんも、他の竜も……いや私がもふもふポンポンにすっかり気を取られて周りを見てなかっただけだけど、めちゃくちゃ竜集まってるね!?
竜舎はもともと竜がやってきて過ごす場所だから、彼らがいるのは当たり前。でもこんなに多くの竜が一度に集まっている所は、たぶん今はじめて見た。
昇っていく朝日の白い光が、きらきらと日に照らされて色合いを変える竜の体を光り輝かせる。宝石のようなきらめきの群れに言葉を失っていると、彼らは一斉に空を向き――そして飛び立った。
空の中に、宝石達が吸い込まれていく。
私は言葉もなく、ただ美しきもふもふ達が立ち去る様子に魅入っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます