もふもふを抱いて溺死しそう
神様の圧倒的配慮により、私はもふみの高見に至った。要するに無事頭頂までたどり着いた。
私自身は圧倒的無事なのだが、道中いろんな所を足蹴にしたような気がしており、本当に申し訳ないにもほどがある。一応申し訳程度に強く当てちゃったなって所は後で撫でた。い、痛いの痛いの飛んでいけー……。
「ぴきゅ」
二本足で立てるゾーンに踏み込んだ後、角の間のゾーンに歩いて行くと、先にいらっしゃった赤様がパタパタ羽ばたいて場所を譲ってくださる。
……おお。星が出てきてる。美しい空だ。今のところ巨もふ様が気を遣って身を伏せてくださっていることもあり、高所恐怖症でぶるっちまうこともない。
あ、そうだわ私高いところ駄目な人だった、こっちの世界来て最初にグロッキーになったんだった、忘れかけてた。下は見ないようにしよう。
とはいえ、実はうっかり足下見下ろしても、もふもふしかないのよね。
グリンダちゃんはいわば馬の大きい版。こちらは象……いや頭の上に位置取れるんだから、やっぱり象より大きいわ、この人。時々お耳パタパタさせるところとかは、本当に巨大草食動物みがあるんですけどね。
さて……ただ登らせていただくだけでは申し訳ない。本当はこの巨体のすべてを余すところなくなで回したくはありますが、当方このように頭頂にお邪魔させていただけるぐらい小さい身、とりあえずどんな生き物にとってもたぶん大事であろう頭を、いざぁ……!
フォッ。
いかん、そっと触れただけで思わず奇声が。
フォッ……フォッフォッフォ……フォフォ……フォフォンフォン? フォッフォーウ……。
ごめん、何も伝わらないかもしれないけど、とにかくこの、何……? いやね、気持ちいいんだけども。触っててめちゃくちゃ気持ちいいんだけど、何この……ふさふさで、とにかく量がすごくて、やっぱりこの手の動きに合わせてなびく毛のそよめきを言語化するとしたら、「フォサァッ……」って感じかな……。
ふわふわしながらも、しっかり存在感はある。でも全然獣くさくな……あっ巨もふ様からもとってもいい匂いが……特にこう……耳だな、耳が動くとお日様に包まれる! 夜だけど! なんだこれ最高か!?
私はなんだか酩酊したような感覚に陥りつつ、巨もふ様の頭の周辺をなで回しまくった。巨もふ様は触っても冷たいところなどは特になかったけど、耳の後ろをわしわししたら「きゅるきゅるきゅる」と喉を鳴らし始めたので、その辺りを特に重点的にやった。
「ぴきゅ!」
そしてこちらはただでさえ巨もふ様を全身全霊で堪能、もとい癒やすのに忙しいというに、少し前まで大人しくしてくださっていた赤様が割り込んできて「自分も撫でろ」とばかりにアピールを……。
ええい、貴様は腹をわしわししてくれるわ! わしわしわし! うりゃ! ここじゃろ! このけしからんぽんぽんめ! ぽんぽんぽんぽ――あいてっ。
うん。一回本噛みされたけど、今のは私が悪かったな。あまりにもぽんぽんの手触りがよくてこう、つい。お詫びに改めてなで回して、寝落ちさせてやったんだぜ。
しかし困った。何が困ったって、何しろ今までにない巨大サイズのもふもふ様をなで回しまくっているので、意識しない間に結構体力を消耗しているっぽくらしく、だんだんと体に徒労感が。その上近くで赤様がスピースピー、それはもう心地よさそうに寝息を立てているもので。なんだかつられて私もだんだんやばくなってきそうな気配なんだよな。
そろそろ巨もふ様のご機嫌をうかがいつつ、撤退した方がいいのでは……?
…………。
これはもしや……巨体の主も既にご就寝済みと? なんかすやすや音が聞こえるんですがそれは。はて、どうしたもんか……。
私は空を振り仰いだ。おお、満天の星空。超綺麗。すごいなー現代日本は夜暗くなかったからこんなに星見たことなかったんだよなー……あれ? 星見えてるってことは私結構上向いてない? 上向いてるどころか体を横たえてない? いつの間に仰向けになったんだ特殊能力の攻撃か?
いかん、思った以上に疲れていたとでも言うのだろうか。この体勢はまずい。速やかに復活し、巨もふ様の安眠を邪魔せぬように立ち去るという大事なミッションが、
ここで唐突なCM風に挟むんだけどさ。
巨もふ様の上って、手触りは完璧だし、気温というか温度もちょうどよかったし、いい香りもするし、そして私は労働の後でしてね。その上すぴすぴ音は聞こえてくるわけだしね。
これだけ全環境が「寝ろ」と整えている状態、睡魔には抗えなかったよ。
おやすみぃ……。
◇◇◇
私は今、雲の中にいます。上下左右どこもかしこも雲。いわばふわふわの海に溺れているということなのですが、不思議と息苦しさはありません。むしろずっとここにいたい。
……ん? なんかデジャビューって奴じゃないのかな、これ。どっかで見た覚えが。そして記憶が正しければ、この後ろくでもないことが起きたような嫌な予感が――。
「――殿。
もやの向こうから聞き覚えのない声がし、のっしのっしと翼を生やした何者かが近づいてくる。
……巨もふ様だ。
私が固まっていると、巨もふ様は行儀良く足をそろえ、じっと見下ろしてくる。
「客人殿、遙かなる時空の狭間を超え、よくぞこちらに参られた。改めて挨拶させていただこう。我が名はドゥナキア。天と地の狭間にありて、世の理を守護する果ての獣なり」
非常に威厳ある態度に私は生唾を飲み込む。――が、巨もふ様はすぐ、まるで猫か犬のように、後ろ足で耳の辺りをぱりぱりひっかきはじめた。
「――ああ、堅苦しや。現実世界では、契約だのなんだの、我々も色々誓約がややこしくての。ゆえに夢の中の方が動き回りやすいのだが、あまり寝過ぎていると怒られる。終末の竜が暇を持て余しているなぞ、世が平和な証なのだと思うのだがなあ」
なんかわからんが、わかってきたぞ。ここは夢の中だな? だから巨もふ様がこんな、日本語流暢にしゃべってるみたいな感じなんだな? ちなみに声の感じからすると、おばあちゃん? かな? とっても優しそうで、あったかい。
「先ほどは大儀であったな。我も長命、大抵のことは見聞きしてきたものと自負していたが、あのように的確な按摩ははじめてだったやもしれぬ。この年になっても生とは可能性と驚きに満ちているものよの。フォ、フォ、フォ……」
おばあちゃんはのほほんと喋り続けているが、私って本当に夢の中も欲望まみれだよな。そりゃ竜騎士の皆さんがね、なんか担当竜の声を聞いてるっぽかったからね? いいなあ、私も竜と言語的なやりとりしたいよなあって思ったけど、よりによって巨もふ様相手とは……我ながら願望成就の対象が図々しいにもほどがある。
「む? ああ、縁の相手についてはそう心配することもあるまい。とはいえ、愚息は若輩者であるからな。なかなかすぐに成体竜のようには行かぬであろうが、それもまた一興」
へー、巨もふ様曰く、赤様のお世話をしていればそのうち赤様の言葉もわかるようになるよってことなのかな。本当私の妄想力パねえな。味をしめて、当然のように赤様の世話係継続しているし、しかも都合良く声が聞こえるようになりますよだなんて……ねえ。
「フォフォ、今回の客人殿はなかなか愉快な御仁であらせられるな。しかも
そこで急に霧が……というか雲が? 濃くなり、私は両手で顔を覆う。
「そうそう、客人殿。倅がこれからも世話になるし、我も心地よくしてもらった。なんぞ望むことはあるかえ。可能であれば助力しよう」
私は白い煙のような雲の中に消え行く巨もふ――もとい、ドゥナキア様に何かを叫んで――。
彼女が煙の向こうで、「その程度ならばお安いご用よ」と笑ったのが、最後に見えた気がした。
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