もふもふ託児所、はじめました(※不可抗力)

 よしわかったぞ。私、まだ寝ているな?

 いやだってね。もふもふ赤様がベッドに潜り込んでるとか、さすがにないない。欲張りセット全乗せ異世界だとしてもないってばよ。はははそんなドラゴンと一緒にオネンネだなんてまさかそんなははは。二度寝しよ。


 ……うぐおおおおお、わかりました、申し訳ない、一瞬あまりに天国すぎて混乱の極みゆえ現実逃避したことを自白いたします、だから猛然と顔をお嘗めあそばせらないでください! べろんべろんになる! その前に寝起きの顔なんてばっちいんだからそんな、やめ……やめろと言うに!!


「ぴきゅん」


 ぜーはー言いながらふわふわの塊を引き剥がすと、赤さんもふもふ様はおはようの挨拶をするかのごとく一声鳴いた。昨日から思ってたけど声が一際たっかいから「きゅう」に「ぴい」が混じってるっぽいんだよなこの人。


 しかしなんだこの動くぬいぐるみ……いやぬいぐるみだなんて失礼な、人は幼きもふもふのことを総じて天使と呼ぶように定められている。

 神は言われた。最初にもふもふあり。


 ……いや言ってないよって心の突っ込みが返ってきた気配を観測した。まだ少し頭の混乱は続いているが、なんかどうあがいても、もふもふが私の寝床に潜り込んでいたのか、私がもふもふの寝床になっていたのか状態なんだな、ということは把握しました。


 場所は……うむ、私の異世界寝室だ。なんで赤さんもふもふがここにいるんですかね、たぶんこれ本来ここにいていい人じゃないですよね。


 とりあえずぴーきゅー言ってるもふもふをなで回しがてら、手のひらでぺろぺろ攻撃をブロック。空いている手で頑張って呼び鈴を鳴らしてみる。


「おはようございます、サヤ様」

「おはようございます、マイアさん。早速なのですが、あの……この状況、どういうことなのか、事情ご存じでしたらお聞かせ願いたく……」

「それがですね……」


 マイアさんがため息を吐いた直後。


「サヤ、目覚めたばかりで申し訳ないが、私が入室してもかまわないか?」

「くぁwせdrftgyふじこlp」


 もふペロモーニングも大分寝起きドッキリだったけど、まさかのおかわりが重ねられるとは、この転移人のフラグ予想力を以てしてもわからなんだ。


(構うに決まってんでしょ!?)という心の叫びと、(いやでも団長さんが言うことって大体正しいし、ということはこの場合もいいですよって言った方がよいのでは?)という理性の抑止がぶつかった結果、私は「そうは発音せんやろ」と現代日本インターネッツにて思っていた怪音を実演するに至る。


 本当にこうなるんだな、人間がパニックになると。

 一応まだ室内に入ってきてはいないけど、扉の外からこの時間このシチュエーションで本来聞こえちゃいけない人の声が聞こえたら、そらびびりますて。


 折衷案的に、「五分! 五分だけでいいのでお慈悲を!」と時間をいただき、三分で支度したことによって事なきを得た。

 今回マイアさんの的確なフォローも込みだったとはいえ、起きたら通勤電車の定刻まで三十分(なお駅までは二十分)だった時にリアル十分で家を出た絶体絶命記録を塗り替えてしまったね。


 みんな、こんなことが起こらないように朝は早めに起きるんだ。サヤさんとの約束だぞ。

 もう全面的に心の茶化しを入れないとやってられん。


 ともあれ、一応なんとかギリギリ団長氏の視界に入っても切腹せずに済む程度に身支度を済ませた。

 室内に入ってきた彼は、何やらバスケットのようなものを片手に持っていて、その中にきらきらした宝石みたいなものがたくさん詰まっている。


 私にしがみついてぴーきゅー言っている人がよりピーピー言い出した。赤様、なんとなくあれがほしいのだなというのは伝わりましたし、わかりやすいのはよろしいことかと存じますが、爪は、爪は痛いです。バリバリせんといて。人間肌弱いの。っていうか、あるんだな、爪。そりゃあるか。


「すまないな……きみから離れようとしなくて。だが、まだ赤子ゆえ、大人より頻繁に補給が必要なんだ。こっちに顔が向くように抱え直すことはできるか?」

「あ、はいわかりまし……ちょ、お客様困ります、それは私の腕です、はもはもせんといてもろて……」

「こっちだ、魔石はこっちだから――いや、食べるの下手くそか!?」


 我々の悪戦苦闘の結果、赤様は無事なんとか魔石を食された。親指と人差し指で丸を作ったぐらいかなというサイズの石を一つずつ飲み込んでいく。

 ふむ……赤様の主食は石なのか。

 この世界のドラゴンたち、シルエットは犬系に近いが、性格や仕草は猫感もあり、けれど食べるのは石……いやでも昨日はリンゴ丸呑みしてたみたいだしな。

 やはり通常哺乳類とは全く異なる生き物なのだろうな。


 というわけでようやく荒ぶる赤様が落ち着いてきたところで、私は団長アーロンさんから改めて話を聞く。


「このドラゴンは、まだ名前もない赤ん坊だ。本来であれば人前には出てこず、ドラゴンの谷で育てられるんだが……」

「名前……それってドラゴン同士でつけたりするんですか? グリンダちゃんとか、ローリントちゃ……くんみたいな。あれ、本人達が名乗ったものなんです?」

「いや。そのあたりの名前は、後から相棒の竜騎士ができたときに、人間がつける呼び名だ。竜はそれ以外に、一頭ずつが真名を持つ。一人で空を飛べるようになると儀式を行って授けられるらしいが、人間が立ち会ったことはないから詳細はよくわからない。ただそういうものがある、という話を聞かされている」


 へええ……なんだか神秘的だなあ。ということは、私、とんでもなく貴重な体験をさせていただいているのか?


 なんだかありがたみが増してきて、手元のもふもふ様に目を落とす。もふもふ様はまた、石と間違えて私の腕をくわえていた。ありがたみがちょっぴり下がった。昨日から思っていたけどもしかしてこの人結構アフォの子なんとちゃうか。いやいやまさかそんな。ははは。


 ポジショニング修正し、気を取り直して会話を再開させる。


「この子、昨日の様子からすると、グリンダちゃんのお子様なのですかね?」

「いや。親戚ではあるが、直接親子ではない」


 ほほう、ドラゴンって親戚の子の面倒見るって概念があるんだ。社会性あるのは明らかだし、賢そうだものね。


「そういえば、グリンダちゃんはいらっしゃってないのですか? いえ、ここ室内なので、昨日みたいに入ってこられるといろいろ大変なことになりそうではありますが……」

「竜舎で寝て、今は一度谷に戻っているな。なにしろこいつがサヤから離れようとしないから、実親に迎えを催促しにいったんだと思う」

「ええと……この名もなきお方はなぜ、私にずっとくっついているのでしょうか……?」

「……正直、わからん。なつかれたんだと思う」

「私、希少な竜のお子様に、変な影響与えてないですかね、大丈夫ですかね……?」

「まあ……さすがに親が来れば、こいつも本来の居場所に戻るはずだ。ただ、それまでもう少し、我々で……というか、主にサヤに面倒を見てもらうことになる」


 つまり……私、保母さんデビューですか?

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