赤様のお世話(緊張)からの、巨もふ様ァ!(大歓喜)
赤様。それは愛らしき正義であり、無限に広がる小宇宙、そして戦場だ。
距離を保って鑑賞させていただいている分には、「あらぁ~♥」なんてのんきに愛でていられるが、ひとたび「お前が面倒見るんだよ!」と託されたら、それはもう開戦のゴング。精神がやられるか肉体がやられるかの戦いが始まる。そう、この戦いに我々の勝利はない。
彼ら何が怖いって、全力でお泣き遊ばされていると「なんで泣いてるの!?」って慌てさせられるけど、静かに寝てればそれはそれで「あの……本当に寝ているだけ? 呼吸止まってない?」って心配になってしまうのだな。
いやだって、生殺与奪握ってるんだもんよ、こっちが。言語化できない方々の声なき声聞き逃したら、ワンチャンあっちの命なくなるわけじゃない。そりゃあ、緊張しまくりってもんですよ。
親戚のお子様……「独身って暇でしょ?」という召喚呪文……「ごめんね、サキちゃん。うちの子が……」と早退する親御様の代わりに残業続きの繁忙期……ウッ、頭が。
いやね。子どもは社会で育てていくものですから。独身貴族余ってますから、使っていただいてもろて構いませんけれども。
それはそれとして小さきもの達のお世話というネタ、微トラウマではあるので、ちょっと心の準備体操をすること程度は許していただきたく……。
「深呼吸……すーはー……そう、でえじょうぶだ……私は死地を乗り越えたことのある若人……毎日奴らと対戦よろしく不可避な親御様に比べれば、ほんの一時程度、安いものよ……」
「サヤ……?」
「あっれー今の声に出てましたか恥ずかしいなーもー聞かなかったことにしてくださいお願いします!!」
「う、うん」
保母さんデビュー、頑張れ自分! と活を入れていたら、うっかり気合いを漏らして団長氏に戯言を聞かれていた件。
もう最近の私、こんなんばっかじゃないのか。辛い。かくなる上は、赤様のお世話係を華麗に決めて挽回……できるといいけどなあ!
「まあ、確かにドラゴンの幼体なんてめったにお目にかかれるものではないし、希少生物ではある。が、そもそもドラゴン自体が人間ほど繊細ではないから、そんなに気を張りすぎなくても大丈夫だと思う」
「そ、そうですか……?」
ドラゴン専門家のトップであろう団長氏がそのようにおっしゃるなら……多少は肩の力が抜けた気がする。
実際、もふもふ赤様のお世話は、人間の赤子に比べれば遙かに楽ではあった。
まず、食べ物。通常動物の赤様って、殺菌とか加熱とか諸々準備が必要なわけですが、ドラゴンの赤様は魔石を食べてお育ちになるわけですな。
魔法的にも物理的にも頑丈なドラゴンは、基本は病気にならないし、さらには怪我も超速再生的なあれで、大体は実質無傷らしい。
「……そういえばこの方、リンゴ丸呑みしてもピイピイ鳴いていらっしゃいましたね」
「人間の赤子と違って、呼吸困難や、飲み下した際の消化不良などは心配しなくていい。ただ、この前の場合は、喉に異物が詰まっていたことで、魔石の摂取が滞る恐れがあった」
「長期的に放っておけば餓死……それゆえグリンダちゃんは、大慌てで私に所に連れてきた、と」
「そういうことだな」
団長氏から説明を受けながら、私は手にじゃれかかってくるふわふわの塊を転がしている。
そう、竜の赤様は人間と違い、ある程度は自分で動くことができる。感触としては……やはり鳥? の雛? のふわふわに近いのだけど、仕草は犬のような猫のような、なんかまあ割と哺乳類っぽくもある。お爪生えてるしね。
ちなみにドラゴンのお爪は、基本は自分達で研ぐものだそう。人間のパートナー、つまり竜騎士さんたちとお知り合いになると、彼らに切ってもらうようなこともあるそうですが、赤様の場合は……まあ、本人お任せコースらしい。
ちょっと引っかかって痛い時もあるけど、まあ今のところは「あててて」程度で済んで痕も残らなそうなので、積極的にスルーします……スルーできる範囲ゆえ、なんとかなる。
なおついでに足裏をチェックさせていただいたのだが、肉球はなかった。足裏までたっぷりもふもふだった。これはこれでご褒美だが、ちょっと残念な気もした。
そして今さらりと流したが、団長氏と話しながら転がせる程度の余裕が、もふもふドラゴンのお世話の場合はある。
好奇心の塊っぽく、何か興味のあるものを見つけるとそっちに飛んでいこうとする(そして食べられそうなものはとりあえず口に入れたがる)ので、そういう場合はがしっと確保する必要はあるのですが。
逆に言えば、変なところに行かないか、妙な物を口に入れていないかさえ気をつけていれば、後はある程度こちらの自由がきく、ということ。
その監視が大変なんじゃ、幼児は目を離すとすぐにどっかに行くし変なものを食べるし! ……のはずが、私の場合、更に異世界人補正のおかげで、赤様の面倒が見やすくなっているらしかった。
というのも、私は(そろそろ自他共に認められる)対ドラゴン最終兵器ゴッドハンドの持ち主なのだ。で、赤様もこの手に何か感じ取るものがあるらしく、ずーっと興味関心を抱いてじゃれかかってくるのですな。
なので、どこか別の場所にふらふらっとされる心配はなく、口に入れられるのは私の手なので、異物を飲み込まれる恐れもない。
まあ代わりに、私の手が赤様のよだれでべたべたになったり、甘噛みがたまにうっかり「痛いっ!」レベルまで進化してめっするなんて問題も発生しましたが、どれも全く致命的な問題ではなかったので。
後はまあ、トイレットトレーニング問題なども……赤様ではありますが、ちゃんとご自分で処理できるお年頃らしく。まだちょっとした介助が必要ではあったらしいのですが、そちらは私の躊躇を感じ取ってか、団長がお世話を代行してくださいました。
いや、本当に申し訳ない……ありがとうございます。
でも、プロ中のプロが面倒を見てくださるなら安心ですね。私もそのうち、習得せねば……ならないような、竜医になるんだし。が、頑張ろう……。
……で、まあ、そう。団長さんがね。なんと赤様兼私の監督係を務めるためにね。お時間を取ってくださったらしく。
ずっと一緒にいてくれて、話をしてくれて、私がどうしようってなったらそっと赤さんもふもふを引き剥がしてあやしながら連れて行ってくださって……と完璧にフォローしていただいてしまった。
恐縮する私だったが、「赤様が離れている間にどうぞお食べ」と軽食を持ってきてくださったいつメンズが、
「ありゃどう見ても本人が趣味でやってることだから、気にすんな」
「自分が赤子を触りまくりたいだけですので……」
とフォローしてくださった。
ま、まあ……確かに、無限に手遊びをする私のこと、結構食い入るように見ていたけれど……あれ、「代わってほしい」の目でしたね、確かに。生粋の竜好き殿下ですものね。
「それになあ。こいつのこと構ってたら、その分あっちの面倒見ずに済むしよ」
「あっち?」
「ほら、ヘンフリー伯爵令嬢――彼女もともと、生き物はちょっと苦手な方なんですけど。この前グリンダが乱暴な挨拶したから、更に怖くなっちゃったみたいで」
アーハン、なるほど、すべて理解しました……私は卵サンドイッチを頬張りながら、二人の言葉に頷く。
でもちょっと可哀想な気もするな。あのお嬢さん、まあ団長さんを困らせてはいたわけだけど、悪人というより元気が空回りしちゃうようなタイプに見えたので……こちらはそんなに敵対する気ないから、どこかでまた落ち着いて話ができるといいんだけどなあ。色々誤解もされているようだし。
さて、腹を満たした後はまた、赤様相手の手遊びを再開する。竜騎士さん達の詰め所の中で、一番片付いている小部屋が託児所スペースに使っていいよとのことでしたので、午後もそちらにお邪魔させていただく。
団長氏はさすがに一日中休憩とは行かなかったのか、名残惜しそうに何度もこちらを振り返りながら去って行った。代わりに、入れ替わり立ち替わり、竜騎士の皆様が赤様にじゃれかかられている私の様子を見に来て、団長の代打などもしてくださる。
そうやってのんびり一日過ぎて日が傾いてきた頃、急に私の手を食んでいた赤様が何かに気がついたようにピクッと反応して顔を上げた。
「……? どうかしました?」
「ぴきゅん」
なんも言ってることはわからんが、なんとなく言わんとしてることは感じた!
「訪問者様、どうかしましたか?」
「えーと……たぶんこの人、外に出たがっている、ような」
「はえー。……迎えが来たなら、竜舎の方かな? 行ってみますか」
というわけで、私は赤様を抱きかかえ、ちょうど周りにいた竜騎士の皆様と共に、ぞろぞろお城の外へ向かう。
今度は夕焼けも過ぎて、夜の闇が広がり、星が瞬き始めるような頃合い――そこで私は、暗がりの中にぼうっと浮かぶ大きな姿を目撃する。
「ピー!」
視界にそれが入った瞬間、赤様は嬉しそうに声を上げた。
私と言えば、惹かれるようにふらふら歩いて行き、そして声もなく呆然と見上げる。
赤様は両腕に抱えられるサイズだが、成獣のグリンダちゃんもローリントちゃんくんも大きかった。だが目の前におわしますこのお方は……彼らよりもさらに大きい。というか、スケールが違う。
これ、翼を広げたら……そう、地球換算すると、像よりもサイズがおありになるのでは。
そのような、いとでかき巨もふ様は、けれど荘厳なる体躯とは打って変わった優しさたっぷりあふれるお目々で私を見下ろし……一声おっしゃった。
「きゅうん」
は? このサイズの生き物がきゅうんだと?
最高かよ。
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