カオス・オブ・REIJO

「……紹介する。隣国の伯爵令嬢、エメリア=マーガレット=ヘンフリーだ」


 団長さんがかつてないほど渋い顔および渋い声で、簡潔に見知らぬ悪役令嬢(仮)の紹介をしてくださった。


 なるほど、隣国貴族ヘンフリー家のエメリア嬢。それだけわかればなんとなく色々察せられるというもの。


 何のためにアラサーは今日こってり内臓を絞られなければならなかったのか。たぶんこのお嬢さんを礼儀正しくお迎えするためだね。


 そうと決まれば、私は即座にたたき込まれた異世界マナー講座を発揮すべく頭を下げる。……地味に腹に染みる。泣けるぜ。


「お初にお目にかかります、ヘンフリー伯爵令嬢。異世界から渡って参りました、サヤ=イシイと申します――」

「泥棒猫!」


 おっとぉ、隣の国の高貴なるお方は割とド直球に罵ってくるタイプであらせられるのか。さっきのは聞き間違いかなと思って積極的に流していたのだけど、リピートされるということは、私が罵倒されているのはどうやら錯覚ではない。


 周りの竜騎士の皆さんがドン引きないし「うわあ……」ってリアクションしてるのも残念ながらしっかり現実のようだ。


 とはいえ、私はアラサー、結構いい年した大人。この程度でかっとなってへそを曲げたりはしません。


 ……というか正直、なんで怒られてるのかわからないと、理不尽に対する憤りより先に困惑来ません? 今そんな感じなんだよね。私今このお嬢さんと会ったばっかりで、何か物を盗るような接点なかったと思うんだけどな……?


「申し訳ございません。こちらの世界に不案内の身ゆえ、日々精進しておりますが、勉強不足にてご無礼があったのやもしれません。恐れ多うございますが、何卒ご指導ご鞭撻いただきたく――」

「お嬢様っ、ステイッ!!」

「きゃあああっ!?」


 とりあえず色々修飾過多めの表現で包みつつ「ごめんね、申し訳ないと思ってはいるのだけど、何がそんなに気に入らないのか正直わからないのです。教えてもらえると嬉しいな」なんて返してみた所だったのだが、そこでまた新たなる侵入者。


 バタバタと駆け込んでくる足音と共に、伯爵令嬢が取り押さえられ――取り押さえられ!? えっと、なんかこう、従者さん……いや、女騎士……? にキャッチされてじたばたなさっております。


「離しなさいっ、ティルダ! わたくしはこの泥棒猫に、立場の違いというものをわからせなければっ――」

「ただでさえ! こんな所まで押し入っている時点で、我々の評判は地に落ちておりますのに! これ以上悪行を重ねてどうするおつもりですか!?」

「あ、悪行――!? 違うもん、妾悪いことしてないもん!!」


 Oh,ミス。Hey,ミス。これは笑っていい方の茶番なのかい、それとも取り繕ってないとだめな方の茶番なのかい。


 周囲に助けを求めるように目をさまよわせれば、相変わらず渋面不動の団長、既に笑いがこらえ切れてないバンデス氏、なんとも表現しがたいお顔のショウくん……うん、まるで参考にならなかったな。


 仕方ないから落ち着くまで見守っておこう。たぶん私が一番の部外者ということもあり、なんか下手なことしたらますます相手を刺激しそうっぽいし。


 ちょうど深いため息を吐いた団長が前に出てくれそうだったので、お任せすることにした。


「……エメリア嬢。サヤ=イシイ殿は、我が世界に百年ぶりにいらした訪問者殿であらせられる。失礼な態度を取らないでいただきたいと、事前にお伝えしていたはずですが」

「返す言葉もございません、閣下。ほら、お嬢様も、ちゃんと謝ってください!」

「だって……だってひどい、アーロン様! 妾というものがありながら、ほかの女性と一つ屋根の下で過ごすなんて!」


 んんんんん? この典型的な悪役令嬢ムーブをかましているように見える破天荒なお嬢様の登場以来、ずっと置いてけぼり状態の私だが、過去最高に話がわからない。


 なんなのだこれは、一体どういうことだ。浮いた噂の一つもなさそうな堅物の顔をした団長氏に、まさのスキャンダラス修羅場か。こういうとき、わくわくすべきなのか、幻滅すべきなのか。とりあえずなんか色々情緒がぐちゃぐちゃになった結果、すごい変なテンションになっている自覚はある。


 どういうことですか、竜騎士各位。

 ……バンデスさんはもはや腹を抱えて笑っているし、ショウくんは白目だ。そのほかの皆さんは大体そっと目をそらしている。


 そして渦中の団長ときたら、やっぱり不動……あなたクール系っぽい感じあるとはいえ、ご令嬢から投げかけられているワードの過激さ的に、もうちょっと表情動かしてくれてもいいんですよ!? あ、でも深いため息を吐いた辺り、なんかこう……疲れてます、団長……?


「エメリア嬢。十年も前の話ですよ」

「でもアーロン様は、妾が大きくなったらお嫁さんにしてくれるって……!」

「あれはああお答えしなければ、あなたが大泣きして私を離そうとしてくれなかったからです……」

「では、口から出任せだったとおっしゃるの!?」

「やめましょうお嬢様、やめてください。お嬢様の素直でこうと決めたら突っ走るところはね、美徳でもあります。でもこの場合は完全に悪徳の方にいっているし、何よりこの話を何度も聞かされる身内の自分は……自分は本当に、辛い……」


 うるうるお目々の令嬢、後ろ向き姿勢の団長、そしてご令嬢の横でわっと泣き出すお供の女騎士(仮)さん……うーむ、相変わらず、カオス。


 しかしなるほど、激流に身を任せてどうかしていた私にもちょっとずつ事態がわかってきたぞ。


 つまりこのお嬢様は、幼なじみ……とまでは行かずとも、かつて団長氏と面識があり、そのときどうも将来の約束をしている。

 察するに彼女は十代後半、ティーンズ真っ盛りという辺りですから、まあ少女時代の初恋といったところでしょうか。団長さんめちゃくちゃかっこいいからね、憧れちゃうの、わかるよ。


 ……で、少女に押し負けてつい了承はしてしまったものの、子どものことだし全然正式な約束ではない。とはいえ、イエスと言ってしまった過去がある以上、完全無視とも行かず。なんかそんな感じなのでしょうね。


 さて、そうなると確かに私は……まあ、小さい頃から憧れて、お婿さんにするんだって決めてた人が、ある日得体の知れない女を拾ってきて世話を焼いているなんて知ったら、まあ心穏やかじゃないですよね。


 一応私の存在機密事項だったはずなので、そうなるとどこから漏れたんだろうって辺りとか、ちょっと不穏に感じてしまったりもしますが……。


 エメリア嬢の事情はわかってきたが、まあ正直私はマジで団長さんには保護してもらってるだけの人間だ。なんとか事情をわかってもらわねば、責められている団長さんが不憫である。いや、まずは落ち着いてもらうところから……うーん、どうやって?


 そんなことを思っていた瞬間、ばばっと周りの竜騎士達が急に動いた。


「サヤ!」

「お嬢様!」


 私は咄嗟に伸ばされた腕の中に囲われ――そしてバリーンと、派手に物が砕ける音がした!?

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