あっ! 野生の悪役令嬢が現れた!!

 さて、筋肉騎士ことバンデス氏から不穏なフラグを立てられてから数日後のこと。


「サヤ様、もう一度! ほらっ、息を吸って、吐く! ひっひっふー!」

「いやいや無理無理、この辺で手を打ちましょうって、大丈夫ですよ誰も私のウエストに期待なんかしてないし、あとそれ生む時の呼吸法――」

「そうは参りません、わたくしが着付けを任されたからには、徹底的に絞らせていただきます! あと3センチ!」

「ぐぎゃあああああ!」


 私はマイアさんに攻め立てられて息も絶え絶えになっていた。

 おかしいなあ、この異世界は誰でもクリア可能☆イージーモード級のはずだったんだが、急に難易度が変わったぞ。


 いや、ね。確かにね。何の取り柄もない陰キャのアラサーだけど、異世界来てちょっとちやほやしてもらえてるし、このままうっかり姫扱いされちゃったりなんてして、キャー! みたいの。ちょっとした気の迷いで言ってはいたよね、自分。


 そして昨晩、


「明日はいよいよ、お客様との顔合わせでございます。ゆえに、サヤ様にも正装で出ていただく必要があるので、お覚悟を」


 なんて神妙な顔でマイアさんに言われて、


「えっ……ついにドレス着ちゃうんです、アラサー日本人だけど着ていいんですか!?」


 ってテンション上がった。

 それはですね、はい、確かに身に覚えのある事実なのですけれども。


 悲報。イージーモード異世界でも、お姫様はコルセット装備する生き物だった。


「ふ、ふんぬらばー!」

「……まあ、ここまでやれば、先方に侮られることはないでしょう」


 いやもうちょっとこうさあ、シルエット整える程度だよなって思ってたじゃない。要は補整下着でしょって。柱にしがみついて奇声を上げないと乗り越えられない感じの伝統的な方のコルセットだったね。ラマーズ法採用もあながち間違いではないかもしれぬ。現代日本の着物の着付けだって、ここまでぎゅうぎゅうされたことなかったわ。


 ようやくマイアさんからOKのお許しをいただいた頃には、もうこれだけで私帰っていいですかという心境になりかけてたけど、逆にそこが一番の難所だから後は普通に想定の範囲内だった。


 メイクの大部分とヘアセットは着付け前だったしね。そこですごくわくわくしてたら予想外の内臓圧迫刑だったので、より落差で心理的に来たというか。


「おお……着てるの私なのに、ちゃんと貴婦人に見える……」


 仕上げに鏡を見せていただいた私は、思わず感服のあまりに素直な感想を述べる。

 こんなにいい素材だったかしら? ちゃうちゃう、飾り付けてる人の腕がすごいのよ。


「当たり前です」


 いや本当に。お見それしました、侍女様。プロってすごいね……胸張って立ってればそれっぽく見えるのだもの。中身私なのに。


「サヤー、どうよー」

「準備はできました、か……」


 お、どうやらイツメンコンビが迎えに来た模様。


 お二人とも、髪型といい服装といい、やっぱりいつにも増して気合いが入っている。


 バンデスさんは、鎧装備の上にキラキラ度が増してるっていうか……お仕事出かける時は実用的装備だったけど、今日はより見栄え重視の装飾過多風にお届けしてみましたって雰囲気。


 ショウくんなんか、普段は見習いですから軽装気味ですけど、今日はしっかりいかにも良家のご子息ですって出で立ち。


 そんな二人は、私を見るなり瞠目し、黙り込んでしまう。


「……あの。自分では、悪くないと思うんですけど……やっぱり変ですかね……?」


 がっつりコルセットなドレス装備とはいえ、中の人が中の人なので、あんまりフリフリとかリボンたっぷりみたいな感じではなく、色合いも派手すぎず地味すぎず、上品にまとめてもらった。


 参考までに、ドレスを着るならどういう方向性がお好みです? ってマイアさんに事前に聞いてもらったので、「そうですね……落ち着いた大人の女性的な、こう……」とかふわっとした発注をしてしまったわけだが、そこはプロ侍女様、顧客が必要だったものを的確に再現していただきました。

 髪型もね。ちゃんと結い上げて、でも堅苦しくなりすぎない感じ。


 ……って、個人的には大満足な仕上がりなのだけど、やっぱ異世界の猿が気合いだけ入れて痛々しく見えちゃってるんですかね。


「うーわびっくりした……しゃべるとマジでサヤじゃん。ここまで化けるもんなんだなあ」

「あの……お綺麗です! 本当に……お綺麗です!」


 な、なんだよう! 時間差で褒めるなよう! 照れるじゃないか!

 いや褒めてるのか? そうじゃないな、ただ普段と違う見た目だから一瞬誰かわからなかった的な、そういうあれだな。うん。すぐ舞い上がるのよくないぞー、しっかりしろ。


「も、もう……一瞬そんなにひどく見えるのかって、焦っちゃったじゃないですか」

「マイアが監修してるんだからそりゃねーよ」

「サ、サヤさんが着るんですから、そんな変になんてなりませんよ……!」


 バンデスさんはいつもの延長、自然体のリアクションなんだけど、ショウくん。君、マジであれだね。私のこと褒めて殺すつもりだね?

 この子は好意的でいてくれるのは嬉しいけど、なんか油断するとどこまでも私が増長してしまうからな。固く自制せねば。


「…………」


 そして、私はすぐに、竜騎士二人(正確には、竜騎士一名と見習一名なのだけど)のこといえない案件に当たった。


 そっか。そうだった。人間って本当に感動すると言葉が出てこないんだ。


 うわあ……マジで王子様がいる……。

 いやね、「団長は王子だよ」って聞いてはいたし、「イケメン揃いの竜騎士の中でも本当に顔がいいよなこの団長。顔だけじゃなくて全体のバランスがべらぼうにいいんだよな本当」って常日頃から思ってはいたけども。


 でもさ。最近この美形にも、見慣れてきてたというか、ちょっとは耐性もついてきたかな、って思っていた矢先にですよ。


 いやもう、王子じゃん。どこからどう見ても王子じゃん。団長だけど、団長じゃないんよ。王子なんよ。それもこう、ただただ若々しい十代じゃなくて、大人の王子様的な……言語化下手くそか!? とにかくかっこいいなあ……!


「いやなんか。二人とも。コメント」


 あまりにお互い黙っていたからだろうか、バンデスさんが突っ込みのように声を上げたため、我に返る。


「だ……団長さん、ですよね……?」

「あ、ああ……」

「そういう格好も、す、すごくお似合いですね、びっくりしました……!」

「ああ……サヤも、その……似合っていると、思うぞ……?」

「いやいやいや……」


「俺たちは一体何を見せられているんだ」

「サヤさん……なんで団長の言葉にはちゃんと照れるんですか、僕だと軽く流すのに……」


 言葉を思い出せば今度はお互いを褒めるマシーンと化しかけてしまった私と団長アーロン氏だが、そうだこの場にはほかの竜騎士の皆さんもいたし、これから何やら不穏なお客様と相対しなければならないのでした、ということを思い出す。


「ええと……それで、今日私が顔を合わせる必要がある、大事なお客様というのは……」


 団長さんがため息を吐き、説明をしようとしたまさにその瞬間。


「お待ちくださいませ――!」

「いいえっ、アーロン様、どこにお隠れになりましたの! わたくしをのけ者に事を進めようなんて、許しませんのよ!!」


 バアーン! と勢いよく開かれる扉。なんだなんだ。何事。でも竜騎士の皆さんは臨戦態勢というより、「あちゃー来ちゃったかー」という雰囲気……?


 私は乱入者の方に目を向け、はっとした。


 なぜマイアさんが本日私の腰に鞭打ったかわかる、それはもう華奢な腰。なのに出るとこは出ていて、ぼんきゅっと凹凸がしっかりした上半身。(下半身は豪華なドレスだから詳細がわからないけど、たぶん期待違わずなんじゃないかな!)


 ぱっちりした目鼻立ちは、ちょっと意思の強さが目立つお顔立ちながら、とっても美少女。そして極めつけは、見事な金髪の縦ロール。


 どこからどう見ても高飛車お嬢様。そんな見目の方が、私に扇子をビシッと突きつけ、一言。


「見つけましたわっ、この泥棒猫っ!!」


 ――これはまごうことなき、野生の悪役令嬢だ!!


 思わず私は心の中で歓声を上げてしまったけど、口に出さなかったので偉かったと思う。

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