目覚めるゴッド☆ハンド

 ご尊顔はふわふわでありながらすべすべであらせられた。

 神よ。ここに地上の楽園がありました。こんなに手触りのいい生き物がこの世にあっていいのか。いや、いいのだ。なぜならここに答えがある。

 なんかもうとにかくこの、もふも……ええ? もふもふもふ……マジかあ、もふもふもふもふもふ……うふふ、ふふふふふ…………。


「…………」


 沈黙が場を支配する。

 真顔でグリンダ嬢のご尊顔に手を滑らせ続ける私。

 よきにはからえと好きにさせてくれるグリンダ嬢。

 見守る団長。と愉快な竜騎士団の皆さん。


「え、ええ……? あれ、グリンダだよな? 団長以外に触られると秒で噛みつこうとしてくる跳ねっ返りの……」

「団長のファーストミーティングの記録更新じゃないですか? あんなにうっとり目を閉じて……」

「さすがは訪問者様……!」


 なんだかギャラリーがヒソヒソしている声で、ようやく私は我に返った。


 いかん! モフ竜様のあまりの毛並みの良さに割と正気を失ってた気がする。なんか悟りを開きながら一心不乱に手を動かしていたようだけど、幸運にもグリンダ嬢はうっとり目を閉じていた。


 それどころか私が手を止めると、うっすら目を開けて「きゅっ!」と短く鳴く。


 言葉にせずともなんか伝わるものってある。ごめんなさい。下僕が手を止めてごめんなさい。すぐに再開いたしますので。力加減は今のままでよいものなのか……?


 私がなでなでを再開させると、グリンダ嬢は再び目を閉じて……まもなくスピースピーと安らかな……寝息なのか、これは。え、本当に? 本当にモフ竜様が、お眠りになっていらっしゃいますか!?


 どうしよう、と困って振り返った先の団長も困惑顔をしていた。ヤバい。この場の全員が戸惑いの空気を醸している気がする。


「きゅう」

「きゅうう」

「きゅんっ!」


 しかも気がついたら、グリンダ嬢の横に行儀良く竜が並んでおり、私と目が合うと順番に鳴き声を上げる。まるで「次は自分達のこと、ヨロ!」とでも言ってきているかのようである。


 再び団長を振り返る。あ、考えてる。めっちゃ考え込んでる! その横であわあわしているマッチョメンが……行け? やれのジェスチャー? でも隣の美少年は戻ってこいの手招き? どっちなの、私はどうするのが正解なの!!


「きゅー!」


 早く! と言うように一匹が鳴くと、スピスピ音を立てていたグリンダ嬢がピクゥッ、と耳を動かした。するとビクゥッ、と竜騎士団の皆さんに震えが走り、団長が深いため息を吐く。


「サヤ、申し訳ないが、他の奴らも撫でてやってくれるか……?」


 あ、はい。いえ、全然構いませんが。むしろどんとこいですが。



 Don't 来い、モフ竜祭り。数で攻められたら基本少ない方が負ける、これ常識なり。


 いやね。いえ、私もね。望んで交流に来たわけですし、見学だけかなあと思っていたらまさかの触れ合いまで行けて、非常に喜んでいるのですけどね。

 それでも十匹以上いた竜を、撫でて撫でて撫でまくれば、さすがに疲労も覚えるもので。


 マジで一日竜を撫でて終わった……。いやまあ、皆気持ちよさそーにしてくれたし、満足そうに帰って行ってくれたので、良かったのですが。


「きゅん♥」


 のんびりと起きて大あくびしたグリンダ嬢なんか、甘い声を私に投げてから帰って行った。殺人毛玉め……今日はこれぐらいにしておいてやる。ちょっともうさすがに腕が上がらないので、はい。


「いやあ、びっくりだわ……。訪問者はこっちの世界をよくしてくれるから、竜とかも懐きやすいって話は聞いてたんだけどよ」

「あの気難しいグリンダが真っ先に落ちて、他の竜もみーんなメロメロでしたもんね……」


 マッチョメンと美少年がそんなことを言っている。体質的に竜に懐かれやすいということならめちゃくちゃ嬉しいのだが、ちょっと予想外のサービスで魂が口から抜けかけている。


「サヤ、大事ないか? その、竜達が皆、きみの手が気持ちいい、いっぱい撫でてほしいと言うものだから、つい任せてしまったのだが……」

「明日は筋肉痛必須でしょうが、まあなんとか……」


 団長さんが心配そうに言うので、へらっと笑って返す。両手で肩をすくめるポージングを決めようと思ったのだが……おっふ、一日中竜を撫でていた反動でこの高さすら手が上がらない。これは……果たして筋肉痛で済むのだろうか。アイシングとか……。


 そんなことを思っていたら、団長さんが歩み寄ってきて。

 え。近い近いどうしました。うおっ。うん!? ちょっとそれはまずいですよ団長殿下、もしかしなくても姫抱きって奴かなぁ!?


「きみの好意に甘えて限界まで無理をさせてしまったようだ。寝室までお連れする」

「いやいやいや……お構いなく、駄目なのは腕だけなんで、足は自分で動きますゆえ!」

「腕が上がらないほど疲れているのなら、他の所だって意識が行っていないだけで色々蓄積しているはずだ」


 ぎゃー! アラサーにこれはきついってばよー! 皆さんの視線が痛いー!

 しかし相変わらず腕は上がらないし、仮に全力が出せた所で団長氏の筋力にかなうはずもないのだった。


 ちなみに部屋に戻ったら早速腕に湿布みたいの貼られたし、晩ご飯はマイアさんがあーんして食べさせてくれた。やったぜ異世界万歳異世界。まさか名誉の負傷からメイドさんにあーんしてもらうなんて体験をする日が来るなんてな。


 なぜかご相伴に押しかけてきたマッチョメンとショウ君があーん係やろうか? と快く申し出てくださったのだが、強い心で辞退した。

 アラサーにこれ以上辱めを与えないでいただきたい……団長の姫待遇でこっちはもういっぱいいっぱいだよ!

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