急な筋肉痛も大丈夫。そう、万能湿布ならね
ふおお……。なんだこれは、上下左右どこもかしこも雲だ。私は今、雲に埋もれている。え、これどういうこと? 雲って乗れるようなサムシングじゃなかったですよね? 混乱している私を、どこからか誰かが呼ぶ声が。
「サヤ、さあ、こちらに……」
翼を生やしたアーロン団長が、雲に溺れかけている私を逞しく抱き上げる。やんややんやとマラカスを振る竜騎士団の各位。クエー! とか鳴いてる竜の皆さん。そして我々は光の中をどこまでも登っていき……。
「…………」
「おはようございます、サヤ様。今日もまだ腕の痛みは続いていますか?」
「あ、おはようございます、マイアさん。腕は大丈夫かな……」
私が今死んだ目をしているのは、夢見がカオスだったからですよ。
なんだろう、この……なんとなく昨日あったことに影響受けてるんだろうなってのはわかるけど、どうしてそういう出力になったんですかって私の脳を揺さぶって問い詰めたい感じの、この……竜はクエーじゃなくてキューだし、マラカスはどこから出したんだよ!
まあいい。それよりも大事なことがある。
顔を覆っていた両手を、改めてぐーぱーと動かしてみる。
動きよし。痛みなし。完治! 異世界湿布の力ってすげー!
昨日の寝る前、マイアさんにスースーしてミントっぽい匂いのする? 布を、腕中に巻き付けられたわけですが。これが見事に効果抜群だったようです。いやあ……回復魔法? のある世界って本当に素晴らしいね。たかが筋肉痛されど筋肉痛。腕上がらないの地味につらいなって、昨日充分体感したからね。
夢見はあれだったけど、もふ竜の皆さんと戯れられたことはとても良かった! 見るだけでもよしと思っていたのに、あんなに思う存分モフらせてもらえるとは。
いやもう本当に、どの竜も素晴らしい毛並みをお持ちで……でもちょっと各自個体差があって、もふみがあふれてごわごわまで行ってるかなー? って高い子もいれば、すべすべのお肌かなって子もいましたね。短毛にも長毛にもそれぞれよさみがあるよ。
あとみーんないい匂いだった。意外にも彼ら、お日様の匂いって言ったらいいのかな……そんな感じの、はあ……って幸せになる匂いしかしないんですよ。なんかこう……猫に近い? 犬って犬の匂いがするじゃないですか。でも竜って全然違うんですね。
手触りも素晴らしい上に匂いも癒やし系とか、本当史上最高の生き物だな。許されるなら、あのもふみの海に顔を沈めてみたいよね。羽とか胸周りとかお腹とか。
ところで、幸せの余韻に浸っていると、本日の朝食メニューはパンだった。
柔らかパンのもちもち成分は、竜のもふみに通じるものがあるって、私今ちょっと噛みしめているんだ。
「オゥイエス、ジーザスもふもふ……」
「サヤ様? 今なんと?」
「いえなんでもありませんお構いなく」
思わず感想なのか奇声なのか変な音を漏らしてしまい、マイアさんにすごく怪訝そうな顔をされた。
ごめんなさい。色々満喫してるだけです。挙動不審かもしれませんが、ただ単に興奮しているだけの善い訪問者なので、本当に許してください。
異世界が快適すぎるのと、初日に早速グロッキーをやらかした過去のせいで、羞恥心のボーダーがどんどん駄目なラインまで下がってきている気がする。
人間として大事な所は死守しようね、私。もう駄目かもわからんが。
さて、本日の予定は、文字の読み書き練習だ。
マイアさんが書いてくれたお手本を読み上げて、反復練習。
日本語時代はそんなに文字を褒められなかった私だけど、異世界文字の書き方は「割といい感じ」だそうな。
「そうです、サヤ様……ダイナミックな筆遣いです」
マイアさんがペン捌きを見守りながら、そんなコメントをしてくれる。こうかい。これでええのんか! シャッシャッ! ……あんまり調子に乗りすぎるとインクがべしゃってなるから、程々にしよう。
ちなみに私がものすごいヘタレ野郎だと見抜かれているのか、元々そういう性格なのかはわからないが、マイアさんはじめとする異世界の方々は大体褒めて伸ばす方針らしい。
それはもう、褒め殺しというか……マジで大体何をしても褒めてくれるので、めちゃくちゃやる気が出る。
あんよが上手! って立っただけでギャラリーから拍手喝采飛んでくる感じ。失敗した時の自省がね、自然とすさまじくなるんですよね。こんなに褒めてもらってるのに一歩しか歩けなくて申し訳ねえ……! みたいな。
「お上手です、その調子……あら」
「およ?」
マイアさんと私は、ノックの音に同時に顔を上げた。
「サヤ、今大丈夫――すまない、勉強中の邪魔をしたか?」
「あっ、えっと、いえ……」
やってきたのはなんと、アーロン団長である。
昨日のことと夢見のアレとで、なんとなく顔を直視しづらい。
あ……今の私、湿布くさくないかな、大丈夫かな……。なんかそわそわしちゃうな……。
「ちょうどいいですし、お休みの時間にしましょうか。お茶をご用意いたしますね」
マイアさんがてきぱきと……あっいなくなられると団長と二人きりで、それはなんかこうますます心臓に悪いぞう!?
「腕の調子はどうだ?」
「だ、大事ないです……」
「……もしかしてまだ疲れが残っているのか? なんだか顔色もよくないような……出直した方がいいか?」
「いえいえいえ、本当に、本当にええ、絶好調ですので。はい! それよりわざわざお越しになったのは、何かご用でしょうか?」
このいたたまれない空間をなんとかしたくて、とにかく会話を持たせようとする。するとうまいこと体調気遣いネタから話をそらせたようで、団長が頷いた……のが、目の端で見えた。だって顔見れないんだもん、敵の挙動は気配で察するしかないんだよ!
「実はその、昨日の今日で、誠に申し訳ないのだが……サヤがもし嫌でなければなのだが、また竜達を触りに来てはもらうことはできないだろうか……?」
「……へ?」
最初、これは竜を前に気持ち悪い好意を隠しきれなかった罰として出禁を言い渡される流れか……? と覚悟していたのに、むしろ招かれていた件。
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