第134話 赤点保持者の末路

 夏休み1日目、早朝。

 小林こばやし家の玄関にて、駄々をこねる花楓かえで瑞斗みずとが呆れながら見下ろしていた。


「いぎだぐないよぉぉぉ!」

「大人しく行きなさい、遅れたら迷惑かけちゃうよ」

「うぅ、みーくんと離れたくない」

「たった3日でしょ?」

「3日もだもん!」


 彼女は涙目でそう訴えてくるが、何を言われたところで補習合宿に行かなくてはならない事実が無くなることは無い。

 赤点を3つ以上保持している者たちはみんな、校長先生の知り合いが経営している山の上の宿泊施設に軟禁され、延々と課題に取り組まされるのだ。


「僕だって花楓に会えないのは寂しいけど、普段から頑張っていればこんなことにはならなかったでしょ?」

「それはそうだけど……」

「ほら、本当に遅れちゃうよ。学校までは送って行ってあげるから」

「……うん」


 渋々頷いてカバンを背負う彼女を急かしつつ、スーツケースは代わりに引っ張って家を出る。

 夏と言えど、この時間はまだ少し涼しい。しゅんと俯く顔を見れば尚更だ。

 それでもこちらまで暗くなるわけにはいかないから、あえて空元気を振り絞りながら楽しくなれそうな話をして学校までの道のりを歩いた。


「もうバス来てるね」

「……」

「帰ってきたら、一緒に甘いものでも食べに行こう。僕が奢ってあげるから」

「……うん」

「あと、夜は電話しよう。僕の声なんかで元気になれるかは分からないけど」

「スマホ、預けないとダメだって」

「忘れたって言えばいいよ。それとも、3日間声聞かずに我慢する?」

「……むり」


 小声でそう呟く彼女を、瑞斗は優しく抱きしめてから「行ってらっしゃい」と背中を押す。

 玲奈れいなに見られたら怒られそうではあるが、彼にとっては大切な幼馴染。暗い顔をされていてはお互いに困るのだ。

 バスに乗り込む花楓に笑顔で手を振ると、きっと作り笑いだろうが同じように返してくれる。

 補習合宿のメンバーは彼女で最後だったらしく、点呼を終えるとバスは走って行ってしまった。

 その光景を眺めながら、ポケットにあるスマホにズボンの上からそっと触れる。3日間、耐えられないのはむしろ自分の方かもしれない。


「大丈夫、どうせ元々幼馴染離れするつもりだったんだから。数日くらい顔見なくても平気だよ」

「なんてったって瑞斗君には可愛い彼女がいるもの」

「そうそう、僕には鈴木すずきさんが……ん?」


 誰もいないはずなのに聞こえてきた声におそるおそる振り返ってみた彼は、すぐ後ろでじっとこちらを見つめてきていた玲奈に気が付いた。

 こんな時間に偶然学校にいるはずがない。彼女も花楓が今日行くと知っていたから見送りにだけは来てくれたのだろう。


「私からすれば、邪魔な幼馴染が居なくなって瑞斗君を独り占め出来るのだけれど」

「夏休みって学校にも来ないし、クラスのみんなとも合わないよね。偽恋人をする意味ってあるの?」

「……何よ、嫌ならやめる?」

「そういうつもりじゃないんだけど。そもそも、鈴木さんだって仕方なく僕を選んでるわけだし、せっかくの休みを演技で消費させるのもなって」

「勘違いしてるようだけれど、私はいつまで経っても有り合わせであなたと手を組んでるわけじゃないのよ」

「それはつまり?」

「今の関係には満足してるの。あなた以外を偽彼氏にするのは、不可能である前にデメリットしかないのよ」


 玲奈はそう言いながら瑞斗の腕を掴むと、引き寄せながらそっと胸に顔を埋める。

 やけに距離が近いなと思ったが、「こんなに近付いても嫌じゃないところまで来たんだもの」という言葉に信頼みたいなものを感じてホッとした。


「僕も鈴木さんとの関係には満足してる。仲良くなれた気もしてるし、演技かもしれないけど」

「安心しなさい、私はそこまで器用じゃないわ」

「……それなら良かった」


 涼しい風に撫でられていた肌が、人肌の温度で心地よく温められていく。

 この温もりに包まれたまま二度寝したいななんて考えていた瑞斗だが、「ところで……」という言葉の後に投げかけられた質問には少し悪寒を覚えたことは言うまでもない。


「瑞斗君、やけに小林さんとくっついてたわね?」

「……あれは仕方なかったというか」

「その割には心臓の鼓動が早くなってるわね。嘘をついてるってことよね?」

「聞かないでもらえませんか」

「お断りよ。ついでに色々質問しちゃおうかしら、まだ隠してる女の子との関係がないかとかね?」

「……許してください」


 結局、本人も詮索し過ぎると面倒なことになると感じたらしく勘弁して貰えたが、あんなことやこんなことがバレるのも時間の問題かもしれない。

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