第133話 見る目ある者と見る目無き者

奈月なつきさんは見た目以外の取り柄の方が多いよ」


 瑞斗みずとの言葉に、元彼は「あ?」と不機嫌そうな声を漏らす。

 自分より体の大きな人に睨まれるのは怖いし、一人でこの状況に遭遇したなら逃げ出しただろう。

 それでも、今の彼は奈月なつき めぐみの彼氏だ。それならば、釣り合う男を演じなくてはならない。

 それは決して、今目の前にいる目付きの悪い男とは似ても似つかない存在であることは確かである。


「奈月さんは正義感が強くて、危険にさらされた時は自分よりもみんなを守ろうとしてくれる。僕はそんな優しい強さを尊敬してる」

「正義感なんて、そんな薄っぺらいもんがなんの役に立つってんだ」

「それだけじゃない。彼女は見返りを求めない。正しくあることが当たり前なんだ、あなたみたいな人とは違って」

「な、なんだと……!」

「そして何より奈月さんには勇気がある。あなたから逃げた時も、僕に助けを求めた時も。誰かを守れる強さを持っていると同時に、彼女は人を頼れる弱さも持ってる。これはなかなか出来ることじゃない」

「意味が分からねぇ。ベラベラ喋りやがって、二度と言葉を発せないようにしてやる!」


 振り上げられた拳が勢いよく降りてくる。殴られるのはもちろん怖いが、奈月さんがそれで助かるのなら諦められると思った。

 だから、言いたいことを言い切った体の力を抜いてなるがままを受け入れようとしたのだが、目を閉じてからいつまで待っても痛みは襲って来ない。

 恐る恐る瞼を開いてみれば、元彼の腕を奈月が掴んで止めてくれていた。


「離せ、恵!」

「もうお前の言いなりにはならない。私には守らないといけないものがあるからな」


 彼女はそう言いながら瑞斗に向けて優しい笑顔を見せると、膝裏を素早く蹴ってバランスを崩させた後、背負い投げの要領で元彼を放り投げた。

 集団相手には負けてしまった奈月だが、一対一ならこんなにも強いのか。そう驚いていると、目の前に戻ってきた彼女にワシャワシャと頭を撫でられる。


「悪かったな、弱い部分を見せて」

「いいよ。だって、僕たち恋人なんでしょ?」

「……ふふ、そうだな」


 その後、倒れている元彼を放置して公園を出た二人は、約束通りりんごジュースを買いにスーパーへと立ち寄った。

 その最中、先程の言葉が気に入ったようで、「恋人は弱い部分を見せるもの、だよな?」なんて言いながら、少し距離を縮めてきていたような気がする。気のせいかもしれないが。


「あのさ、姉川が私のことをあんなに理解してくれてるって知れて嬉しかった」

「自分でも驚いてるよ。あんまり知らないと思ってたんだけど、意外といいところって目に付くね」

「……今回の件、お前に頼んでよかった」

「満足して貰えたなら良かったよ」


 報酬に色を付けてやると追加で買ってくれたパックのりんごジュースを吸い上げつつ、どこか肩の荷が降りたような様子の彼女を横目で見る。

 奈月は強くて、優しくて、安心して幼馴染を預けられる存在だ。自分がもし将来を共にするとしたら、彼女のような人がいいのかもしれない。


「いや、それはさすがに迷惑だね」

「ん? 何か言ったか?」

「ううん、独り言」


 ハッキリと想像出来る。グータラしている自分を叱り、呆れ果てた末に別れを告げられるビジョンが。

 それは例え相手が誰であろうと同じような気がしなくはない。まあ、それが花楓だとしたら一緒に怠けて取り返しが付かなくなりそうだが。


「次はいい人に会えるといいね」

「……恋愛はしばらく遠慮したいな」

「そっか」


 口ではそう言いながらも、ほんの少し思うところがありそうな彼女。

 瑞斗はそれに気付いていながらも、知らないフリをして雑談を続け、二人でのんびりと駅までの道を歩いていくのであった。


「私の運命ってのは、他人よりも少し遅れて巡ってくるみたいだしな」

「ん、何か言った?」

「いいや、独り言だ」

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