第132話 付き纏う過去と向き合う時間
テスト返却日の翌日、終業式という区切りを迎えた生徒たちは皆ふわふわと浮ついた空気の中にいた。待ちに待った夏休みが訪れるのだ、無理もない。
体育館に全校生徒が集合し、校長先生のありがたいお話を聞いた後、
海に行く計画だの、遠出してお泊まりする予定だの、色々な話が聞こえてくる中、
用事というのは他でもない、勉強会の時に
彼女もスッキリとした気持ちで長期休みを迎えたかったのだろう。復縁を迫ってくるという元彼を、今日話があると呼び出してくれたらしい。
「ごめん、お待たせ」
「私も今来たところだ。それより、午前中で終わりなのに付き合わせて悪いな」
「約束だからね。奈月さんが困ってるのは本当だし、早い方がいいとは思ってたから」
「
「頼みを断るのが苦手なだけだよ」
「それもある意味才能だ」
駅前で待ち合わせをしていた二人は、制服のまま電車に乗って数駅分移動すると、普通電車しか止まらない駅で降りて改札を出る。
本当に彼らが恋人ならコソコソとする必要は無いが、偽恋人なのだから知り合いに見られるリスクはなるべく減らしたい。
瑞斗のそんな要望を受け入れて、奈月があまり学生の来ないところを指定してくれたのだ。
「ここだ」
彼女が足を止めたのは、ブランコと滑り台くらいしかない小さな公園。
あまり整備がされていないようで、お世辞にも自分の子供をここに来させたいとは思えなかった。
しかし、嫌な相手と会うには最適だろう。ここなら痴話喧嘩をしても、誰にも迷惑をかける心配をしなくていいから。
「あいつはまだ来てないみたいだな」
「どんな人なの?」
「背は姉川より高いな。最後に会った時は金髪でジャラジャラアクセサリーをつけてたんだが」
「……あの人じゃない?」
彼がそう言いながら遠くから歩いてくる人物を指差すと、目を細めた奈月が小声で「ああ」と呟きながら頷いた。
確かにこの距離で見ても背が高く、体格がしっかりしていることが分かる。喧嘩になれば瑞斗に勝ち目はないだろう。
とは言え、下品なほど全身に付けられたアクセサリーは、話し合いが通じる相手だと思わせてくれない。これは偏見かもしれないが。
「よう、
「前から言ってるだろ、その気はゼロだと」
「……ま、そうみたいだな。その男はなんだ、弟分でも出来たってか」
「こいつは私の新しい彼氏だ。私は元々お前みたいなのより、こういう男の方が好きなんだ」
「そうかそうか、こんな奴がお前のねぇ」
元彼は瑞斗の顔を覗き込むようにして見ると、噛んでいたガムをペッと吐き捨てて足で砂をかける。
やっぱり常識がなっていない。正義感の強い奈月が逃げたくなるのも当然だ。
「恵、こいつのどこがいいんだよ」
「どこって……」
「俺より魅力があると思ったから付き合ったんだろ? だったらいい所の一つや二つ言ってみろ」
「えっとだな、その……」
奈月がチラチラとこちらを見ながら口ごもると、元彼は呆れたようにため息をこぼして首を横に振る。
その表情は、自分を遠ざけるために急いで彼氏を作ったんだろうと言っているような気がした。
「俺はいつもお前のいいところを褒めてやってただろ。何も学ばなかったのか?」
「褒めてたって、お前が言ったのは顔と胸のことばかりだっただろ!」
「それ以外に褒めるところがお前にあるのか?」
「っ……」
その言葉に、彼女は一瞬呼吸が止まったように見えた。痛いところを突かれたと言わんばかりの表情は、何か嫌な出来事を思い出しているらしかった。
「顔が良くて胸がでかい。それでいて俺に従順だったから彼女にしてやったのに、見た目以外取り柄が無くなっちまったな」
「言わせておけば好き勝手に言って―――――――」
さすがに奈月も堪えられなくなったのか、怒りを滲ませた声を張り上げようとした瞬間だった。
ペチンという音が響き、一瞬全員の動きが止まる。音の正体は瑞斗が元彼の顔を平手打ちした時に出たものだ。
頬を押えた彼がすぐに掴みかかって来ようとするが、瑞斗はそれでも怯まずにこう口にした。
「奈月さんは見た目以外の取り柄の方が多いよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます