第130話 4人目の偽恋人
「相談?」
暗いせいで本人は気付いて居ないらしいが、鼻先との距離は僅か十数cm。このようなものを目の前に差し出されて相談を拒めるほど彼は枯れていない。
と言っても、別に下心があって聞くわけではないことだけは分かって頂きたい。到着直後の下着見え事件と言い、彼女には沢山いいものを見せてもらったお礼なのだ。
もちろん、そんなことを言ったら今すぐ追い出されかねないので、心の中だけで『ごっそさんです』と手を合わせるに留めるが。
「ああ、その……お前は前に
「
偽彼氏と聞いて一瞬体がビクッとしたが、言葉を選びながら話している彼女は気付かなかったらしい。
「実はな、私には中学の時に付き合ってた男がいる。あの頃の私はまだ青くて、年上の男に口説かれて柄にもなくときめいちまってな」
「年上?」
「ああ。中二の時に3つ上だから高二、今の私たちと同じ歳だ」
「中学生の時って高校生がすごく大人に見えるもんね、憧れる気持ちも分かるよ」
「理解してくれるのか!」
「しーっ、みんな起きちゃう」
「すまんすまん、嬉しくてついな」
二人は他の人が起きていないかどうか人差し指を唇に当てながら確認した後、再び横になって話を再開する。
「ただ、すぐに別れたんだ。あいつが見てたのは私の体だけだって気付いたからな」
「体? それってつまり……」
「か、勘違いするなよ? 私はあいつと変なことはしてない、しつこく求められたから逃げたんだ」
「なるほど。奈月さんは未経験だと」
「……間違っちゃいないが、お前にそれを知られるのは色々と複雑だな」
「腕枕なんてしてくれるから、男慣れしてるのかと思っちゃったよ」
「私だって緊張してる。だが、お前にお願いを飲ませるには一番いい方法だろ?」
「よくご存知で」
確かに奈月の腕枕はほどよく筋肉がついているおかげで、高さを確保しながらも女の子らしい柔らかさも兼ね備えている。
膝枕の至高が
「それで、頼みについてなんだがな」
「まさかその元彼さんについて?」
「ああ、そのまさかだ。最近、ヨリを戻せって付きまとわれててな」
「僕に彼氏として追い払って欲しいと」
「話が早くて助かる」
元彼に対して今彼を演じるだけなら、他の人にそれを知られる危険性も薄いし、玲奈とのことに影響も出ないだろう。
彼はそう考えたが、花楓の時もそう考えて結局失敗したのだ。今となっては公の恋人がいる以上、用心するに越したことはない。
「悪いけど、僕には彼女がいるから。それに僕なんかじゃ元彼さんに対抗出来ないよ」
「そう言わずに頼む! 勘違いされやすいんだが、私はあまり男と話さない。こんな相談をできるのは、花楓の幼馴染としてある程度信頼しているお前くらいしかいないんだよ」
「僕だって助けたい気持ちはあるよ。でも、
「……あいつのこと、本当に好きなんだな」
「え、あ、うん。恋人だからね」
奈月は『殺されちゃう』を冗談と判断したらしいが、そんなことは無い。裏切り行為だと捉えられたなら、本当に息の根を止められかねないのだ。
それほどに玲奈は偽恋人契約に本気なのだが、奈月も奈月でこの頼みを聞いてもらうことに必死らしい。
数回深呼吸をした後、思い切ったように瑞斗の体を抱きしめながら耳元で囁いた。
「わ、私は演じる覚悟を決めてる。女にこれだけ言わせたんだ、お前も男なら譲歩してくれよ」
「んぐっ……んん……!」
「なんとか言ってくれって」
「うぐ……っ! はぁはぁ、そんなに胸を押し付けられたら窒息しちゃうよ」
「それは悪い、どうしても聞いて欲しくて……」
こんなにも真剣に頼まれたら、拒絶の言葉を口にする度にこちらまで傷ついてしまう。
ついには彼女が「何でも言うことを聞くから!」とまで言い出してしまったので、さすがに逃げることは出来なかった。
また窒息させられる危険も目の前にあるわけで、これは仕方の無いことなのである。
「じゃあ、2リットルのりんごジュースを奢ってくれる?」
「そのりんごジュースってのは……何かの隠語か?」
「スーパーに売ってる普通のりんごジュースだけど」
「……それだけでいいのか?!」
「それだけって、りんごジュースを舐めないでもらいたい。あれはこの世で一番美味しい飲み物だよ」
「4リットルでも8リットルでも買ってやる!」
「よし、契約成立」
こうして瑞斗はまた、偽恋人相手を新たに増やしてしまうことになるのであった。
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