第129話 母性が一番の子守唄

 奈月なつきの幼い頃の話や、昔と変わらないところ、意外と女の子らしいところもあること。

 瑞斗みずとたちは由佳子ゆかこさんからそんな話を聞いた後、洗い物を終えて合流した真理亜まりあと一緒に二階へと上がる。

 そこでもう一度今日覚えたことを復習してから、ベッドの横に用意してもらった並べ始めた。


「じゃあ、僕はソファーでも借りようかな」


 瑞斗がそう言いながら、持ってきたお気に入りの枕を抱えて部屋を出ようとすると、『何言ってんだこいつ』と言いたげな顔で引き止められる。

 彼からすればそう思っているのは自分の方で、同じ部屋で一夜を過ごすのは問題があった。

 だからリビングで寝かせてもらおうと思っていたのだが、彼女たちはハナからそんなつもりはなかったらしい。


姉川あねかわの布団は一番端だ。前に夢結ゆゆが使ったやつで悪いけどな」

「喜んで使わせてもらいます」

「そ、そうか。確かに男女で同じ部屋ってのは問題だろうが、私たちもある程度信用して招いているわけだからな」

「それは嬉しいね」

「最悪、花楓かえでに変なことをする分には本人も喜びそうだし。他のやつに手を出そうものなら全員で殴るだけだ」

「……やっぱりリビング借りれないかな」

「なんだ、手を出す気だったのか?」

「いや、寝相の問題で手が触れたら怖いなって」

「悪意があるかどうかくらいは見極められる」


 奈月はそう言いながら瑞斗を布団まで連れていくと、掛け布団をめくってそこに座らせる。

 彼女自身は部屋に元からあるベッドで、夢結と一緒に寝るらしい。ウトウトしながら抱きついている姿は、年の離れた姉妹か母娘のようだ。

 そんな聖域の如きベッドと瑞斗の寝床の間には、もうひとつ布団が敷かれている。

 そこでは既に手を握り合う花楓と真理亜が寝転んでいて、実に仲が良さそうだった。


「ほら、もう寝るぞ」


 奈月が電気のスイッチの前に立つのを見て、彼は布団をお腹の高さまで掛けて寝転んだ。

 パチッと電気が消えると、彼女がベッドまで移動する足音とシーツが摩れる音が聞こえてきて、それからしんと無音になる。

 微かに寝息も聞こえてくるが、自分のと混ざってあるのかないのかも分からない程度だ。

 お気に入りの枕に後頭部を埋め、瞼をそっと閉じる。今日はたくさん勉強をしたし、同じくらいさせたから疲れていたらしい。

 一つ呼吸をするごとにウトウトとしてきて、体が眠りの中へ引き込まれていく感覚を覚えた。

 しかし、その状態がしばらく続くだけで寝落ちれない。いつもと環境が違うからだろう。


「……」


 瑞斗は体を起こすと、何か寝落ちるのに役立ちそうなものはないかと暗い中をキョロキョロと見回す。

 それでも見えるのは他のみんなの顔が薄らとだけ。どうしようかと迷った彼は、ふとこちらを向いている視線に気が付いた。


「姉川、どうかしたか?」


 他のみんなを起こさない程度の囁きに近い奈月の声。彼女は引っ付いてきている夢結をそっと引き離すと、窓から差し込む僅かな光を頼りにこちらへ近付いてくる。


「ごめん、起こしちゃった?」

「いや、実は寝付けなくてな」

「僕もだよ。いつものベッドじゃないと寝づらくて」

「悪いな、布団で」

「奈月さんのせいじゃないよ。でも、やっぱりソファーを貸してもらおうか迷ってたところ」

「それだと、こいつらが起きた時に気を遣わせたと思っちまうぞ? 手を出す出さないの話をしちゃったしな」

「それもそっか」


 それなら眠れなくてもこの部屋にいる方がいい。静かにしていれば邪魔になることもないだろう、徹夜でボーッとしているのもいいのかもしれない。

 そんなことを考えていると、奈月が「ほら、寝転べ」と軽く方を押してきた。

 眠れないと言ったばかりなのにと首を傾げていると、何故か彼女まで布団に入ってくる。

 夢にも思わなかった行動に戸惑う彼の頭の下に、奈月はそっと自分の腕を滑り込ませて軽く微笑む。


「これなら寝れるか?」

「……逆に寝れないかも」

「じゃあやめとくか」

「もう少しお願いします」

「ふっ、仕方ねぇな」


 彼女はそう言いながら瑞斗に体を向けると、空いている方の手を使ってトントンと一定のリズムで肩を叩いてくれる。

 それが思ったよりも心地よくて、再び眠りに誘われ始めた頃。奈月が何度か深呼吸のようなものをしてから、耳元でそっと囁いてきた。


「私が寝れなかった理由なんだけどな、お前に少し相談があるんだ。聞いてくれるか?」

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